視える俺と視えない最強霊媒師

 小さい頃から“人には見えない何か”が視えていた。
 人間ではない黒い靄が色んなところにいた。
 視える度に「あれなに?」と親に聞いては不審がられるのを繰り返し、小児精神科へ連れて行かれた段階で『自分がおかしい』と察した。
 視えるモノがお化けなのか、悪魔なのか、モンスターなのか、それとも医者が言うように俺だけの幻覚なのか、いまだによくわかっていない。
 ただ、自分自身では幻覚ではないと思っている。たぶん普段視えているのはいわゆる“幽霊”で、その中に悪さを働く“悪霊”がいる。“悪霊”は見た目も化け物じみたものが多く、何より俺に憑いて体調を悪化させるのですぐわかる。
 そして、この“悪霊”をどうすればいいのかという対処法は、17年生きてきてもまだわかっていなかった。

(とりあえず、神社にでも行くか……)

 悪霊が憑いている時は、神社や寺に行くと体調が良くなることがある。気持ちの問題、まさにオカルトなのかもしれないが、何度か神社仏閣巡りをすると悪霊がいなくなってくれることもあった。
 それ以外に策と呼べる策はなく、悪霊が僕に飽きて去るまで耐える持久戦しかない。過去最大に体調が悪い現状、回復を祈って神社仏閣にすがりつくほかなかった。

「……あっ。弁当、教室か~……」

 保健室を出て靴箱からスニーカーを取り出した時、弁当を教室に忘れてきたことを思い出した。ずっと保健室のベッドで脱力していたので、もちろん食べられていない。
 2階の教室に行くのは正直しんどかったが、すでに暑くなり始めている5月に弁当を放置するのは気が引けた。そんなことをすれば母親から小言を言われるのは目に見えている。
 仕方なく覇気のない足取りで階段を上り、教室──2年4組にたどり着く。のろのろ歩いているうちにクラスメイトたちはみんな部活やバイトに行ったようで、引き戸を開けると誰もいなかった。

(……食べずに持って帰ったら、母さん傷つくかな……)

 罪悪感から、机の横に引っかけていた保冷バッグを開けて中身を確認する。そこには色とりどりのおかずが入っていて、「最近痩せちゃってるから、元気出そうなの入れたよ」と今朝言われたのを思い出し罪悪感が増した。
 食欲はまったくないが少しくらい食べようと重い腰を下ろすと、教室の後ろの扉が開いた。

「……善本?」
「あ、菩提寺ぼだいじ。なんか忘れ物?」

 隣の席の菩提寺類(ぼだいじるい)だった。剣道部の袴姿でこちらにやってくる。
 大柄で凛々しい眉をして、肌は健康的に焼けておりいかにも武道が似合う。女子たちが恋人の有無を気にする、そういうポジションの男子だ。

「ああ、タオル忘れて。善本は今から昼飯? 体調大丈夫なのか」
「まぁ、正直体調はよくない。昼飯ってか、残すの親に悪いから無理やり食べようとしてて──あ、菩提寺よかったら食べない? マジで食欲なくてさ……」

 ついつい運動部だからと安易に弁当を勧めてから、隣の席とはいえ菩提寺と大して話したことはないことを思い出す。
 1年生の時も同じクラスだったが、俺が何かと体調不良で教室にいないことと、菩提寺が強豪の剣道部を背負うエースで朝も放課後も練習漬けなことで、交流する時間はほとんどなかった。

「でも時間ないか。部活だもんね」
「いや食う。ちょっとくらいなら問題ない」

 俺に被る勢いで答えた菩提寺は、隣に座って弁当を受け取ってくれた。

 「いただきます」と律儀に言って大きい口で次々とおかずを食べる様は俺の何十倍も生命力に溢れている。机に脱力しながらボーっと見つめていると、少し気恥ずかしそうに見返された。

「……食い方、変?」
「え? あ、全然! ごめん、ジロジロ見──ッう……」

 失礼だったと机から起き上がって謝ると、途端に視界が揺れて頭を押さえる羽目になった。慌てて箸を置いた菩提寺が顔を覗き込んでくる。

「椅子でも並べて横になるか? 貧血か、熱中症かもしれない」
「いや……大丈夫。貧血でも熱中症でもないから」

 誤魔化す余裕もなく、妙に確信を持った返しをしてしまった。しかし菩提寺は俺の返答を不思議がるでもなく、何か言いにくそうに唇を噛んでいる。

「でも親に迎え来てもらおうかな、ハハ」

 これ以上心配させるのは悪いと思ってそう言ってみたが、菩提寺は考え込んでいて聞こえていないようだった。

「……こんなこと聞くの、おかしいかもしれないんだが」

 数秒の間の後、ゆっくりと口が開かれ、覚悟のある目が俺を見る。

「善本は……『変なモノ』が視えるんじゃないか?」