オカ研部長は最強霊媒師なのに幽霊が視えない

 饗庭さんからの電話はなんだったのか。
 俺はソファで膝を抱えて、受話器を凝視していた。
 時計の針の音が大きく聞こえる。物音を立てたら『何か』に目をつけられる気がして、俺は微動だにできなかった。

 ──ピンポーン。

 どれほどそうしていたかわからないが、俺は玄関のチャイムが鳴ったのを契機に弾かれたように立ち上がり、玄関へ駆けた。

「っ、先輩……! 何がどうなってるんですか、一体──」

 ドアを開けると静先輩が立っていて、一気に安堵が体を駆け巡る。
 俺が緊張の反動で性急に話し始めると、先輩は一言も発さずに人差し指を俺の唇に当て、玄関の中に押しやった。
 ガチャリと後ろ手にドアを閉められる。

「マコトくん、僕が本当に僕か確認してから開けなきゃ危ないよ」
「す、すみません。動揺してて……。あの、饗庭さんの件、やっぱりおかしいですよね……?」
「うん。仁は今日兵庫で現地調査をやってる。午前中の進捗報告でそう聞いたし、さっき連絡したらまだ兵庫だと言ってた。つまり、マコトくんに電話をかけてきたのは仁じゃない」
「じゃあ、誰が……まさか、あの怨霊が?」

 言葉にしてみても現実味がない。
 そもそも地縛霊でもある怨霊は、関東には来られないのではなかったのか。

「本体、地縛霊は死亡地に縛りつけられてて動けない。だから声だけでマコトくんを呼び出して、テリトリーに少しでも近づけさせようとしたんだろう。やつは思っていたよりも小賢しいしマコトくんへの執着が強い。そして、以前より力が増しているみたいだ」

 静先輩に連絡を入れず外出していたらどうなっていたのか、今さらながら冷たい震えが走った。

「電話、他に何か言ってた? 拠点の話をしてきたんだよね?」
「拠点の詳しい場所はわかりません。でも確か、犯人の家の前で死んだ、と言ってました」
「……それ、自白かもね。生前の記憶が表出したのかもしれない。本物の仁に伝えておく。それからマコトくん、ちょっとキッチン借りてもいい?」
「いいですけど……何するんですか?」

 突然の申し出に首を傾げながら先輩をリビングに通す。

「取り急ぎの防衛策としてマコトくんに結界を張る。例の怨霊相手じゃ焼け石に水かもしれないけど、やらないよりはいい。コップと水借りるね」

 先輩はポケットから白い砂利のようなものが入った袋を取り出し、コップに白い砂利と水道水を入れた。

「なんですかこれ」
「岩塩。濃い塩水が必要で。塩って何かと役立つからオススメだよ」

 お清めの塩とかいうもんなと思いながら水をかき混ぜる手元を見ていると、顔を覗き込まれた。

「ほんとはキスできれば話が早いんだけどね」
「っ! じ、冗談やめてください」

 俺が反射的に言い返すと、ハハと笑った先輩はあっさりと俺を見るのをやめた。
 コップを掲げて塩水の状態を確認する先輩の横顔が、廃虚での一件を思い起こさせる。

(……俺とキスしたい、とか言ってたのもやっぱり冗談だったのかな)

 あの時の先輩はふざけているようには見えなかったけど。
 饗庭さんが先輩のことを『わかりやすい』と評していたのが改めて信じられなかった。何を考えているか全然わからない。

「よし、できた。じゃマコトくんちょっと後ろ向いて──ってどした? そんな眉間にシワ寄せちゃって」
「……いや、なんでもないです。わからないことが多すぎるだけで」
「今回の怨霊はかなり強力だからね。僕も驚かされてるよ」

 噛み合っていない会話をしながら、俺は言われた通り後ろを向いた。
 先輩の指がシャツの襟元に触れて少し広げられる。指が掠った肌が小さく粟立つのを感じ、俺は姿勢を正すふりをして受け流した。

「塩水つけるね。ちょっとヒヤッとするよ」

 塩水で指先を湿らせ、先輩は俺の首筋をなぞっていく。感覚しかわからないが、星が描かれているように感じた。

「……ここのほくろ、星座みたいになってる」

 先輩の指がうなじを3回撫でて、受け流した粟立ちが全身に広がる。

「っあ、なんですか……! くすぐったいですって!」

 電話の一件ですっかり吹っ飛んでいたが、今俺は好きな人と二人きりだ。それを急に自覚して、顔に熱が灯る。

「マコトくん、ずいぶん敏感だね」
「セ、セクハラ! そんなことより早く結界張ってくださいよ!」
「もう終わったよ。はい、あとこれ。自室のドアと玄関扉に貼っておいて」

 先輩は騒ぐ俺の後ろから退くと、片手に収まる大きさのお札を2枚差し出した。

「たまたま手元にあった残り物だから、また今度ちゃんとしたの渡すけど。結界とお札の効果で、今日みたいな怨霊の干渉は防げるはずだよ。もし干渉があったらすぐ僕に連絡して」
「わかりました。……色々、ありがとうございます」

 俺が頭を下げて受け取ると、先輩は俺を見つめた。

「怖かったよね」
「え?」
「顔がまだ強張ってる。大丈夫、怨霊の本体はこっちに来ないから」

 普段の態度を意識していたのに、先輩には見透かされていたようだ。
 渡されたお札をつい握り締めると、静先輩がぽんと頭に手を置き撫でてくる。以前の俺なら恥ずかしさと照れ隠しで逃げていただろうが、されるがまま受け入れた。
 先輩の手は、俺に絶対的な安心感を与えてくれるものだった。