オカ研部長は最強霊媒師なのに幽霊が視えない

 事件・事故リストが犯罪者リストへと変貌し、俺は口を閉じるのも忘れて静先輩を見た。

「合宿で怨霊に襲われた佐々木って男性も、調べてもらったら前歴があったよ。示談にして揉み消してるみたいだけど、ここに載ってる人はみーんな似たり寄ったりな犯罪をやってる」
「それっていったいどんな……」
「強姦、痴漢、盗撮、リベンジポルノ──ま、簡単に言えば性犯罪ばっかりだね。この手の犯罪は被害者が自殺してしまうことも少なくない。そして、すでにこのリストの被害者のうち何人かが亡くなってることがわかってる」

 大量の死者に同情の余地なしという状況に、俺は感情をさまよわせるばかりでろくな反応ができない。
 しかし同時に、だんだんと先輩の語る全体像はわかってきていた。

「詳細省くけど、被害者が自死してもうた事件はほんまに酷い。内臓損傷、一部身体損壊まであって……調べてるだけでも気が滅入る。オレが被害者なら絶対許せん」

 饗庭さんは顔をしかめて嫌悪感をあらわにし、俺は憑依された時の全身の痛みが何なのか察してしまって、込み上げてくる不快感をどうにか飲み込んだ。

「性犯罪は証拠不十分や泣き寝入りで前科・前歴になってないパターンがめちゃくちゃ多い分野なんだ。だから一見犯罪歴がない不審死と行方不明も『ないことになってる』だけの可能性がある。本当の被害総数は、とんでもないことになるんじゃないかっていうのが僕の見立て」

 このリストは氷山の一角ということだ。ざっと見ただけでも振られたナンバーは軽く50を超えているのに。

「つまり……合宿の怨霊は自殺してしまった被害者の誰かってことですか」
「仮説だけど、おそらくね。恨みの対象が加害者だけでなく性犯罪者全体になってるからこれだけ事件の数が伸びてるんだろう」
「でもなんで対象が兵庫ばっかりなんですか。合宿で襲われた時は滋賀だったし……。移動できるならこっちに戻ってきた俺に何もしてこないのも変ですよね」
「いくら怨霊でも生きた人間を何人も死に追いやるのは相当なことなんだ。他にも要因があって規格外に強くなってると考えられる。怨念以外で悪霊が強くなる要因は、地縛だ」
「地縛……。肝試しの廃墟で襲ってきたやつが、確か地縛霊でしたよね」
「そう、あいつ普通の悪霊より強かったでしょ。地縛霊は自分が死んだ場所──いわゆる縄張りを拠点としてその周辺でしか活動できない。その代わりに凶悪な力を手にする」

 地縛霊の怨霊。相乗効果であり得ない強さになっているということか。

「今回の怨霊は常軌を逸してるけど、マコトくんもまた常軌を逸している。怨霊の縄張りに近づいたことで、怨霊がマコトくんの存在を察知。僕が寝た隙に飛んできて殺したい対象を襲って去ったんだ。地縛霊を移動させるなんて前代未聞の力だよ。もはや召喚に近い。マコトくんの体が本当にとんでもないことが証明された」

 静先輩の口調は感嘆だったが、あんな凶悪なモノを意図せず召喚してしまうなんて災難以外の何物でもない。
 肩を落としていると菩提寺が報告書から顔を上げた。

「善本を依り代として利用すれば、縄張りの縛りを抜けてより広範囲で恨みを晴らせるわけだ。怨霊はチャンスさえあればまた善本を欲しがるだろうな」
「中継地として利用するだけならまだしも、マコトくんの体を乗っ取る場合は最悪だ。マコトくんが殺人犯になりかねない」

 それだけは本当に勘弁してほしくて、肩がさらに落ちる。
 憑依された時の殺意に満ちた感覚は気のせいではなく、運が悪ければあのまま俺が人を殺していたのだ。沈鬱な気分にならざるを得ない。

「元々は兵庫の地縛霊なんじゃないかと思ってたんだ。でも仁に調べてもらうと想定外に死者が多かった。それで地縛霊かつ怨霊だという仮説を立てた。マコトくんが縄張りに近づいたら何かしら反応があるかもしれないと思って、検証のために兵庫に近すぎず遠すぎない場所で合宿を開催したんだ」

 滋賀という選定は先輩の勘で、見事怨霊のギリギリを攻めた立地だったわけだ。

「事情を話さず巻き込んだのは、申し訳なかったと思ってる。事前に話したら反対されるだろうし、話すほどの確証はなくて無駄に恐怖を煽るだけだなと。でも……あそこまでのが来てしまうとは想定外だった。本当にごめん」

 静先輩は目を伏せて、俺に頭を下げた。家に来た時はいつも通りだと思ったが、先輩は俺に対して騙し討ちのようになってしまったことを悔いている。

「いえ、あの、さっき菩提寺にも謝られたんですけど、俺はほんと大丈夫ですよ。と、とりあえず俺は兵庫に近づかなければいいんですよね? 関東からほとんど出ないし心配いらないです」

 しおらしい先輩にあたふたしてしまい、努めて明るく言ってみたが、菩提寺がすぐに首を横に振った。

「そうも言ってられない。10月頭にある修学旅行の行き先は関西だ。もろに怨霊のテリトリーに入ることになるぞ」
「えっ、そうだった……。俺、修学旅行欠席確定……?」
「静がついてくるか、旅行の前に除霊するかしかない」
「僕がついていっても、さすがに同じ部屋には泊まれないから万全じゃない。事前に拠点が判明したとして、僕ひとりじゃ消滅まで追い込めない。本気で除霊するならマコトくんにも同行してもらいたいけど、問題児でもなくバイトもしてないマコトくんをまた連れ出して遠出するのはご両親に怪しまれる。部活の合宿というちょうどいい言い訳も使っちゃってるし」
「じゃあどうすんねん。善本くんは修学旅行欠席するしかないんか?」
「いや。初日の自由時間で除霊しに行く。午前中は兵庫に行って午後には修学旅行を謳歌できるように」

 先輩は改めて俺を見ると手を握った。瞬間、憑いていた悪霊が消え去る。

「あの怨霊を放置しておけば死体の山が増えるのは元より、遅かれ早かれマコトくんにも被害が及ぶ。そうなる前に霊の拠点を見つけて除霊したい。それにはマコトくんの力が必要になる。キツい憑依を経験して怖いだろうし、二度と近づきたくないと思う。……でも、どうか協力してほしい」

 真剣な目に射抜かれ、俺は場違いに心臓が跳ねるのを感じて顔に感情が出るのを隠しながら頷いた。

「俺が役に立てるなら、協力します。俺のためでもありますし」

 感情を隠したくて少々ぶっきらぼうに言うと、静先輩は手を握る力を強めた。

「ありがとう。マコトくんに憑依させる、なんて強硬手段はもう取らないから」

 先輩は笑うことなく噛み締めるように言って、俺の心臓はまた変な動きをした。
 なんなんだと不自然な胸に手を当てていると、先輩は菩提寺に顔を向ける。

「類もいい? マコトくんが危険に晒されるのは嫌だろうけど」
「嫌に決まってる。だが善本がやると言うなら、俺も同行する。善本の安全を守るために」
「類くん、ほんまか。前は除霊の協力なんて断固拒否やったのに……。善本くんのこと大事なんやねえ。愛や、愛」

 饗庭さんが目元を覆う小芝居をして、菩提寺はそれを否定もせず真顔で受け止めていて、俺は(菩提寺の好きな人って結局……)と目を泳がせるしかなかった。

「よし! ということで除霊決戦は10月の修学旅行初日。僕が自由時間に同行して、観光代わりに除霊に行って万事解決。類はサポート、仁は怨霊が死亡した拠点を当日までに探し当てること」
「オレの責任が重すぎる。オレ次第で命運別れまくりやん」
「一区切りついたら腹減っちゃった。おやつにちょうどいいお店ないかな」
「おい、代替策ないんか。腹減ったなら持ってきた水ようかんでも食えや」

 饗庭さんを無視した静先輩が近所の店を検索し始めると、菩提寺が「そばにスーパーがあるらしい」と参加する。
 一緒にスマホを眺める様にもうギスギスした空気はなく、俺は人知れずホッとしていた。