オカ研部長は最強霊媒師なのに幽霊が視えない

 7月の定期テストが終わると、お待ちかねの夏休みに突入する。
 俺は霊媒体質のせいですぐ体調不良になるので部活もバイトもしておらず、かといって家族でバカンスに行くような家でもなかった。両親はフルタイムの共働きで家にいる時間が少なく、父親に至ってはホテル勤務──不定休の夜勤職でしばらくちゃんと顔を見ていない気がする。
 俺にとって夏休みというのは、体調の良し悪しに関わらず毎日ひとりでゴロゴロする期間だった。

「マコトくん、アイス食べる? ソーダかチョコミント」
「じゃあ、チョコミントがいいです」
「おっ、チョコミントの良さがわかるとは。ワンランク上の男だ。器が違うね」

 大袈裟に称えて、静先輩は俺にグリーンのカップを差し出した。
 夏休み中は登校ついでの除霊ができなくなってしまうため、3日に1度くらいの頻度で静先輩と会う約束をしていて、毎年恒例のゴロゴロ夏休みは鳴りを潜めている。

「やっぱスースーするのがたまんないよね。類は嫌いなんだよ、チョコミント」

 アイスを食べながら俺の隣に胡座をかいた先輩は、グレーのスウェットパンツに白T姿だ。髪は派手なのに私服はいつもシンプルだった。

「ここ、菩提寺も来たりするんですか」
「ほとんど来ないよ。あいつデカいからこの1Kにいられても狭いし」

(先輩も人のこと言えないくらい背高いけどな……)

 今日は初めて静先輩が一人暮らししているというアパートにお邪魔していた。
 1Kで確かに広くはないが、男子学生の一人暮らしとは思えないほど整えられた綺麗な部屋だ。勝手にもっと乱雑な部屋を想像していたので、先輩の意外な一面を知ったようで少しそわそわする。
 なにより本当に菩提寺家のそばにあり、歩いて3分も離れていなかった。

「なんで実家のそばで一人暮らししてるんですか。お金もったいない気がしますけど」
「んー。親に口出されるのが面倒で見切り発車で始めちゃったのと、実家自体は思い出もあって好きだから近所にいたかった、って感じ」

 親は煩わしいけど実家は好き、なんてことが両立するんだろうか。菩提寺によれば、静先輩はグレて家を出たはずなのに。
 親も実家も普通に好きな自分にはない感情を想像していると、先輩は早々にアイスを食べ切ってローテーブルに肘をつきながら俺を見た。

「前に類と実家行った時、なんか霊いた?」
「いや、俺がお邪魔した時は何もいませんでした。お寺は霊を成仏させる施設だから、いないのかな~と」
「じゃ、うちは? 今なんかいたりしない?」
「いないです。というか先輩が住んでる場所なんて、お寺より霊が居つけないんじゃないですか」
「ハハ、確かにそうか」

 静先輩は笑ってテーブルに頬をつけて脱力した。さっき部屋に着いたばかりなので、先輩の髪が汗ばんで額にくっついている。
 それを見て、俺はふと思いついたことを口にした。

「そういえば、除霊に効く体液って唾液だけなんですか?」
「え。なに、それ聞く?」

 夏バテと言わんばかりにテーブルに伏せていた先輩が一気に起き上がる。
 手繋ぎ除霊のために頻繁に会ってもらうのは正直悪いし、キス以外で効果の持続する方法があればいいなと気になって聞いてみたが、先輩は『まさかそんな話題を出すなんて』という反応をした。

「キス以外の方法ないのかなと思って」
「あー……。前も言ったけど1番手っ取り早いのが唾液なんだよね。で、効果はあるけど採取するのが大変なのが血液。あと汗も一応効くけど、大した量取れないからコスパ悪い」

 となるとキス以外なら血液ということになりそうだが、血を飲むのは唾液より気が引けるし、先輩の負担も大きいだろう。
 結局キスというお手軽に見えてハードルの高すぎる手段しかないのかと無意識に口元を押さえると、先輩が少し居住まいを正した。

「聞かれたから一応教えるけど……圧倒的な効果を持つのは精液だよ。たぶんマコトくんでも年単位で効果が出ると思う。ただ、なんというか、キスよりずっとハードルの高い行為になってしまうというか……。マコトくんが望むなら僕はいいけど──」

 神妙に話す先輩の後ろにはベッドがある。
 それに気付いたら一気に想像が広がって収拾がつかなくなった。

(え、だってつまりそういうこと……だよな?)

 汗にも効果あるのかなと思って聞いてみただけだったのに、まさか精液などという話に発展すると思わなくて、俺はどうにか想像をストップさせて冷静を保つとスマホを取り出した。

「……わかりました。通報します」
「待って待って! 変態が嘘ついてるわけじゃないんだって!」
「いやでもこのまま流れで……って雰囲気出てるじゃないですか!」
「出してないよ! マコトくんが変に意識してるだけで、僕は効果のある一案として真面目に──」

 ──ブー、ブー、ブー……。

 何もされてないのにいきなり通報という全然冷静を保てていない俺が先輩とワーワー言い合っていると、先輩のスマホが長く震えた。電話だ。
 半ば立ち上がっていた静先輩は一気に平静を取り戻し、スマホの画面を見て「ごめん、ちょっと出るね」と耳に当てた。

「はい、なに。今大事な予定の最中なんだけど……。え? あ、やっぱりそうだった? あー……うん。いや聞きたい。わかった、ちょっと待って。どうしようかな……」

 先輩がちらりと俺を見る。
 仕事の電話でも来たのか、たぶん部外者の俺に聞かれたくない話なのだろうと察した。

「マコトくん、ちょっと電話長引きそうで」
「どうぞ続けてください。俺、今日は帰りますよ」

 電話の仲裁によって今度こそ冷静を取り戻した俺は、小声でそう言って立ち上がった。元々の約束は除霊してもらうことで、喋ったり遊んだりするのはあくまでオマケだ。
 なんだか物足りないような、なんとも言えない気持ちになったのは、このところ先輩と会いすぎていたからだろう。

「ごめんね。せっかくうち来てくれたのに」

 邪魔しないようにそそくさと靴を履こうとすると先輩が見送りに近づいてくる。
 先輩はそのまま止まることなく距離を詰めて、俺の頬に唇を当てた。

「っ!? ちょ、せんぱ──」
「じゃね。来週の合宿楽しみにしてる」

 いたずらっ子のような笑顔を見せて、先輩は電話に戻っていってしまう。
 頬に手を当て呆然とした俺は、我に返って急いで玄関ドアを開けて外に出た。
 暑い。もうすっかり真夏だ。
 しかし今暑いのは、夏のせいだけではなかった。

「……なんで俺、照れてるんだ……?」

 顔が熱いのが嫌でもわかる。
 別に静先輩にキスされようと、照れる必要はないのだ。びっくりするのはいいとして、その後は「なにするんですか!」と抗議して終わればいい。先輩がノリでやる除霊のひとつなのはわかっている。
 なのにどうして照れてしまったのかわからない。

(俺は何に照れて……)

 手すり壁に寄りかかって自分の感情を整理しようと思ったが、ものを考えるには太陽が燦々すぎた。
 夏の脅威が全身に降り注いできて、顔の熱は猛暑だからだと口の中で唱えながら、俺はアパートの階段を早足で降りた。