オカ研部長は最強霊媒師なのに幽霊が視えない

 ジッと見つめられ、俺に何かヒントが?とさらに首をひねった時、茶の間の引き戸が開いた。

「おっ! やっぱりマコトくんいた。いやぁ暑いね、溶けちゃうよ」
「……なんで今来るんだよ」

 扇子を扇ぐ静先輩が入ってきて、菩提寺が小さくぼやく。普段落ち着いている菩提寺も兄の前だと感情を出しがちで微笑ましい。
 このお寺が菩提寺の家ということは静先輩もいて当たり前なので、俺は登場に驚きもせず先輩を見上げた。

「先輩、なんで俺がいるってわかったんですか」
「教室にいなかったから、ここかな~と。今日久しぶりにオカ研やりたくて探してた」
「相変わらず意味のわからない勘の良さだ……」

 オカ研の活動はここ何日も休みが続いていた。新しく依頼でも入ったのか静先輩はなにやら忙しそうで、放課後も即帰宅するようになっていたからだ。
 それでも俺の除霊はきちんとこなしてくれており、大抵昼休みにやってきて俺に触るとすぐにいなくなっていた。

「ちょっとバタバタしてたけど、やっと落ち着いたから」
「やるならやるで連絡しろよ。なんのためのスマホだ」

 菩提寺が言うと、先輩は初めて弟に気づいたように目を丸くする。

「てかなんで類いるの。剣道部は?」
「今テスト前で部活休みだからな」
「て……? え、テ、テスト……?」

 今度は違う意味で目を見開いた先輩が口元を押さえる。本当に退学せずに済むのか心配になったが、菩提寺はそんな兄を気にせず話を進めた。

「で、オカ研の議題は。今日善本と勉強するからさっさと終わらせてくれ」
「議題、聞いたらみんな驚くよ」

 テストのショックを早々に切り替えて俺の隣に座った先輩は、リュックを漁って冊子を取り出した。

「じゃーん! オカ研で夏合宿に行こう!」

 俺と菩提寺に配られた冊子には「オカルト研究会 夏合宿のしおり」というタイトルとデフォルメされた幽霊が描かれている。幽霊は手描きだ。
 先輩の中ではすでにやることが決まっているらしく、スケジュールや宿泊先、持ち物まで細かく記載されていて力作だった。
 これを作るために最近忙しくしていたのだろうか。テスト前なのに。

「行き先は滋賀です! 日程はあとで調整ね。類も一泊二日くらいなら都合つくっしょ?」
「試合に被らなければ。けど、非公認で部費の積み立てもないのにどうやって行く気だ。自腹か?」

 滋賀って琵琶湖があるとこだっけと検索していた俺は、菩提寺の発言に焦った。

「あの、すみません。俺バイトしてないんで1万円でもキツいんですが……」
「お金のことは大丈夫。この前旅行会社の偉い人から依頼が来てね。報酬のオマケで全国どこでも使える旅行券を貰えたからパーッと使うよ」

 ふふん、と得意げに腕を組む先輩を見て、ある日のオカ研を思い出す。悪霊に憑かれている男性が映った動画を観た日のことだ。

「それ、もしかして前に見せられた動画の件ですか。なんかの式典の」
「そうそう! マコトくんが言い当てたおじさまを除霊して解決できた。ありがと」

 静先輩が目を細めて俺の手に触れた。指が長く俺より大きい手だ。
 そう認識したら除霊効果で体が軽くなるのとは別に、ちょっと胸が……。
 胸がなんだ?

(……こそばゆい、みたいな)

 そんな気がして頬をかいた。先輩の顔が無駄にいいせいで、無駄にそわそわさせられるのだろう。
 手が触れ合う程度の接触に、いまだに反応してしまう自分の初さを恥ずかしがっていると、菩提寺が見ていた冊子を閉じた。

「なんで滋賀なんだ。単に合宿ならもっと近場の避暑地でもいいんじゃないか」
「滋賀に有名な心霊スポットがあって、そこで肝試しをしたいんだよ僕は。オカ研合宿の目玉はなんといっても肝試しだからね」

 先輩はウキウキした様子で『滋賀県最恐! 心霊スポット5選』と書かれた冊子のページを開いて見せたが、俺と菩提寺は顔を見合わせた。

「霊がいるかわかる俺たちと肝試しやって楽しいか?」
「いいんだよ、実際に霊がいるかどうかは。いるかもしれないっていう恐怖がイイんだから。エンタメだよエンタメ」

 先輩はなんとも清々しく言い切り、菩提寺の麦茶を勝手に飲んでいる。仕事でリアルな除霊をやってたら、エンタメのオカルトなんてウンザリしそうなのにすごいメンタルだ。

「さてと。2人は勉強あるみたいだし、言いたいことも言ったから僕は帰るわ。あとで日程候補投げるから回答してね」
「帰るって、ここ先輩のうちじゃないですか」

 小ボケだと思って突っ込むと、先輩は首を振って立ち上がった。

「いや、僕近所で一人暮らししてんだよね。マコトくん、夏休み中の除霊ついでに遊びに来てよ」
「善本ひとりで静の家に行くなんて危なすぎる。何されるかわからない」
「類はお兄ちゃんのこと前科者か何かだと思ってる?」

(へえ、もう一人暮らしなんだ)

 菩提寺に弁当があるのに先輩にはなかったり、洗濯物が雨に濡れるのを本気で困っていたのはこのためかと合点がいく。年齢だけで言えば先輩は大学生のようなものなので一人暮らしも変ではないが、わざわざ実家の近所に住んでいるのは珍しいのではないだろうか。

「あーあ。僕もマコトくんに教えられるくらい勉強しとけばよかったな〜」
「無理だろ。中学からやり直せ」
「なによ、ちょっと勉強できるからって偉そうに!」

 俺がまともなリアクションをする前に、先輩は菩提寺と言い合いながら菓子鉢からいくつか和菓子を取って茶の間を出ていってしまった。
 俺は玄関が閉まる音を聞いてから小さい声で菩提寺に尋ねる。

「やっぱお寺って厳しいの……? 成人したら家を出ていけって方針?」
「いや、別に誰も静を追い出そうとはしてない。あいつ自分で出ていったんだ。中学くらいの時に反抗期こじらせて家出して、なんだかんだその流れで」
「え、そんな見た目まんまな時期あったんだ」

 静先輩はパッと見ヤンキーだが、中身は飄々としているだけで別に柄が悪いわけではない。
 霊媒師として派手な格好がいいとかそういう理由でやってるものだと勝手に思っていたから、しっかりグレていた過去があるとは驚いた。

「まぁな。今は落ち着いて、勝手に帰ってきては食い物漁る図々しいやつになってるわけだ」

 菩提寺はやれやれと呆れたように笑ったが、直感的に俺にこれ以上言及されたくないからしている仕草に思えた。

「じゃ、気を取り直して化学やるか」

 案の定すぐに話題が切り替わり、菩提寺が教科書を出す。先輩のグレていた時代は気になったものの、俺は空気を読んでノートを開き直すことにした。