「善本くん。今帰り?」
ピザを食べ切ってゴミを片付けた俺は、帰宅しようと訪れた玄関で声をかけられた。
ポニーテールにリボンを付けた女の子が傘立てのところに立って、俺に手を振っている。
(あー、えっと。同じクラスの……)
名前は、田島さん。今まで喋ったことはなかったはずだ。
俺が「田島さんも?」と聞きながらスニーカーを履くと、田島さんは「そう」と答えて花柄の傘を取り出した。
「この後塾で、親の迎え待ってるんだ。善本くんは最近体調いいみたいだね」
「ハハ、どうにか留年せずに済みそうだよ」
彼女が俺の体調の良し悪しを把握していることに若干照れつつ、俺も田島さんに並んでビニール傘を取った。
「よかったら、LINE交換しない?」
「えっ? あ、いや、いいけど」
思わぬ提案に少し動揺する。もっとノリよく返せればよかったものの、完全に陰キャな反応をしてしまい後悔が走る。
田島さんはチア部に属し、クラスでも目立つタイプの人だ。教室にいてもいなくても変わらない俺と関わろうとするのが不思議だった。
しかし断る理由はないので、俺はスマホを無防備に開いた。横から画面を見た田島さんがすぐに「あっ」と手を口に当て、一方俺は現れた画面を見て固まった。
「……菩提寺先輩のこと、好きなの?」
田島さんは好奇心を隠せていない声で俺に囁く。
スマホの待ち受けには先ほど撮った顎ピースの先輩がいて、俺は音がしそうな勢いで画面を隠した。
「こっ、これは、さっきイタズラされただけで! そういうことじゃ──」
「ふふ。秘密なんだね? 大丈夫、誰にも言わないよ。学年違うのによく一緒にいるな~とは思ってたんだ」
「だから違うんだって……!!」
俺が慌てれば慌てるほど田島さんは慈愛に満ちた表情になっていき、「男の子でも待ち受けにしたりするんだね。今流行ってる恋のおまじない知ってる? 鏡に好きな人の名前を──」などと楽しそうに恋バナに花を咲かせ始めている。
連絡先交換どころではない状況に頭を抱えていると、田島さんの意識が俺から出入口の扉の方に動いた。
「あっ、菩提寺くん」
田島さんの声が明らかに高く弾んだ。
振り返ると、昇降口のところに剣道着の菩提寺が立っていた。小雨の中を走っていたのか、髪が濡れている。
これ以上の誤解を避けるためにスマホをポケットに突っ込み、いつも通りの顔を作って「おつかれ」と手を挙げると、菩提寺は最初に声をかけた田島さんではなく俺に近づいた。
「善本。もう帰るのか」
「うん、静先輩が洗濯物干しっぱなしなのを思い出して解散になったから。菩提寺はまだ部活?」
「これから自主練。オカ研、1人で平気か? 静に変なことされてるんじゃないか」
冗談ではなく、本当に俺を心配する顔だった。先輩は確かに変わっているが、実の兄を1番警戒している菩提寺はちょっと面白い。
しかし静先輩と俺の関係を誤解している田島さんの前なので、俺は笑うこともせず簡素な反応しかできなかった。
「あー、平気だよ全然」
「来月は俺も行けると思う。あいつに無茶ぶりされてたら言ってくれ」
ちらりと横を見ると、田島さんの視線はずっと菩提寺に注がれていた。少し頬が赤らんでいて、意識せずとも勝手に目が行ってしまう、そんな雰囲気だ。
(ははー、なるほどね)
察しのいい俺は今日田島さんと初めて喋ったのに、もう全貌がわかってしまった。
彼女は菩提寺のことが好きなのだ。
それで急に菩提寺と仲良くなった俺が気になって仕方なかったのだろう。菩提寺の情報なら何でも聞きたいし、ついでに何か仲良くなる秘訣を掴めるかもしれないということで、俺に連絡先の交換も申し出たに違いない。
「じゃ、そろそろ行く。気を付けて帰れよ」
「うん。また明日」
「あの、菩提寺くん! またねっ」
踵を返した菩提寺に、田島さんがなんとか声をかけた。不思議そうな顔でこちらを見た菩提寺は「……ああ、また」と短く返して、体育館の方に向かっていった。
第三者的にはまったく脈があるように見えなかったが、田島さんは一瞬やり取りできただけでも嬉しいようで頬を両手で押さえている。恋してる人ってものすごくわかりやすい。
菩提寺の姿が消えると、田島さんは名残惜しそうにしながら持っていたスマホを見た。
「……あ! ごめん、もう親来たみたい。善本くんもまたね!」
彼女は俺に手を振ってすぐに駆け出した。菩提寺相手の時と違って、何の気負いもなく気軽だ。
すっかりLINEを交換し損ねたが、もうそういう雰囲気でもなかった。
「……俺も帰ろ」
どこか寂寥感を感じながらビニール傘を広げて、俺は雨の中をひとり歩いて駅を目指した。
帰り道で待ち受けをデフォルトに戻そうとしたが、何度変更しても先輩が残り続けるという怪奇現象が起こり、怖くなった俺はアプリアイコンを並べることで何の写真かわかりにくくするという苦肉の策を取ることになった。
ピザを食べ切ってゴミを片付けた俺は、帰宅しようと訪れた玄関で声をかけられた。
ポニーテールにリボンを付けた女の子が傘立てのところに立って、俺に手を振っている。
(あー、えっと。同じクラスの……)
名前は、田島さん。今まで喋ったことはなかったはずだ。
俺が「田島さんも?」と聞きながらスニーカーを履くと、田島さんは「そう」と答えて花柄の傘を取り出した。
「この後塾で、親の迎え待ってるんだ。善本くんは最近体調いいみたいだね」
「ハハ、どうにか留年せずに済みそうだよ」
彼女が俺の体調の良し悪しを把握していることに若干照れつつ、俺も田島さんに並んでビニール傘を取った。
「よかったら、LINE交換しない?」
「えっ? あ、いや、いいけど」
思わぬ提案に少し動揺する。もっとノリよく返せればよかったものの、完全に陰キャな反応をしてしまい後悔が走る。
田島さんはチア部に属し、クラスでも目立つタイプの人だ。教室にいてもいなくても変わらない俺と関わろうとするのが不思議だった。
しかし断る理由はないので、俺はスマホを無防備に開いた。横から画面を見た田島さんがすぐに「あっ」と手を口に当て、一方俺は現れた画面を見て固まった。
「……菩提寺先輩のこと、好きなの?」
田島さんは好奇心を隠せていない声で俺に囁く。
スマホの待ち受けには先ほど撮った顎ピースの先輩がいて、俺は音がしそうな勢いで画面を隠した。
「こっ、これは、さっきイタズラされただけで! そういうことじゃ──」
「ふふ。秘密なんだね? 大丈夫、誰にも言わないよ。学年違うのによく一緒にいるな~とは思ってたんだ」
「だから違うんだって……!!」
俺が慌てれば慌てるほど田島さんは慈愛に満ちた表情になっていき、「男の子でも待ち受けにしたりするんだね。今流行ってる恋のおまじない知ってる? 鏡に好きな人の名前を──」などと楽しそうに恋バナに花を咲かせ始めている。
連絡先交換どころではない状況に頭を抱えていると、田島さんの意識が俺から出入口の扉の方に動いた。
「あっ、菩提寺くん」
田島さんの声が明らかに高く弾んだ。
振り返ると、昇降口のところに剣道着の菩提寺が立っていた。小雨の中を走っていたのか、髪が濡れている。
これ以上の誤解を避けるためにスマホをポケットに突っ込み、いつも通りの顔を作って「おつかれ」と手を挙げると、菩提寺は最初に声をかけた田島さんではなく俺に近づいた。
「善本。もう帰るのか」
「うん、静先輩が洗濯物干しっぱなしなのを思い出して解散になったから。菩提寺はまだ部活?」
「これから自主練。オカ研、1人で平気か? 静に変なことされてるんじゃないか」
冗談ではなく、本当に俺を心配する顔だった。先輩は確かに変わっているが、実の兄を1番警戒している菩提寺はちょっと面白い。
しかし静先輩と俺の関係を誤解している田島さんの前なので、俺は笑うこともせず簡素な反応しかできなかった。
「あー、平気だよ全然」
「来月は俺も行けると思う。あいつに無茶ぶりされてたら言ってくれ」
ちらりと横を見ると、田島さんの視線はずっと菩提寺に注がれていた。少し頬が赤らんでいて、意識せずとも勝手に目が行ってしまう、そんな雰囲気だ。
(ははー、なるほどね)
察しのいい俺は今日田島さんと初めて喋ったのに、もう全貌がわかってしまった。
彼女は菩提寺のことが好きなのだ。
それで急に菩提寺と仲良くなった俺が気になって仕方なかったのだろう。菩提寺の情報なら何でも聞きたいし、ついでに何か仲良くなる秘訣を掴めるかもしれないということで、俺に連絡先の交換も申し出たに違いない。
「じゃ、そろそろ行く。気を付けて帰れよ」
「うん。また明日」
「あの、菩提寺くん! またねっ」
踵を返した菩提寺に、田島さんがなんとか声をかけた。不思議そうな顔でこちらを見た菩提寺は「……ああ、また」と短く返して、体育館の方に向かっていった。
第三者的にはまったく脈があるように見えなかったが、田島さんは一瞬やり取りできただけでも嬉しいようで頬を両手で押さえている。恋してる人ってものすごくわかりやすい。
菩提寺の姿が消えると、田島さんは名残惜しそうにしながら持っていたスマホを見た。
「……あ! ごめん、もう親来たみたい。善本くんもまたね!」
彼女は俺に手を振ってすぐに駆け出した。菩提寺相手の時と違って、何の気負いもなく気軽だ。
すっかりLINEを交換し損ねたが、もうそういう雰囲気でもなかった。
「……俺も帰ろ」
どこか寂寥感を感じながらビニール傘を広げて、俺は雨の中をひとり歩いて駅を目指した。
帰り道で待ち受けをデフォルトに戻そうとしたが、何度変更しても先輩が残り続けるという怪奇現象が起こり、怖くなった俺はアプリアイコンを並べることで何の写真かわかりにくくするという苦肉の策を取ることになった。
