駄天使と優等生

(今のって……どう言う意味なんだろう)
 蘭零琳の言葉が引っかかり、テオはリビングに入ってからも上の空だった。目の前に蘭零琳が立っているのも気づかず、直進しようとしたテオはそのまま蘭零琳にぶつかり、彼ごとソファの上に着地する。
「わっ、ごっ、ごめ!」
「お前、いい加減にしろ!さっきから変な事ばかり考えてるだろ…それに前を見て歩かないからだ」
 テオに覆い被されるような態勢になり、悪態をつく蘭零琳ではあるが藻掻いて起き上がる素振りを見せない。テオは押し倒してしまった蘭零琳の顔をじっと見つめ、いつもより動く唇を無意識に目で追っていた。
「阿琳」
「今度は何だ?」
「……さっきの言葉…嘘じゃ、ないよな…」
 蘭零琳の耳元に唇を寄せ、囁くように問い掛けるテオの吐息が蘭零琳の髪を揺らした。毛先に頬を擽られ、何とも言えない表情を浮かべるテオの目の前には、満月と同じ色の瞳でテオを見上げる蘭零琳の美麗な相貌があった。
「なら、確かめてみればいい」
 挑戦するような物言いにテオはムッとし、蘭零琳の柔らかい頬に指先で触れる。そして間髪入れず、彼の唇に自分のものを重ねた。
「ッ…」
「ん…ぅ…」
 蘭零琳の唇は柔らかく、桃のような甘い匂いがテオの鼻腔を掠める。一度離れた後、確かめるように再度繋がるとテオの長い舌が蘭零琳の唇を割り、歯列をなぞって咥内に侵入する。絡み、擦り、噛みつくような刺激の強さは二人の脳髄を焼くようで、徐々に深まりを強くしていく。もっと欲しい、と強請り欲望のままに何度も口付けを繰り返し、息も絶え絶えにようやく唇が離れると二人は深く息を吐いた。テオは蘭零琳の黒髪を愛おしそうに指先で梳きながら、何かに気づいたかのように笑う。
「はぁっ……はは……阿琳、おまえ…ほんとにキスするの初めてなのか?」
「…それは…こっちが聞きたい……死ぬかと思った」
 制服のブレザーを脱ぎ散らかしたテオがソファーの上で姿勢を変え、蘭零琳の身体を掬い上げるように抱き締める。テオの身体がソファに沈み、先程と位置が逆転しても、今はこの熱を手放してしまいたくないと強く思った。蘭零琳も同じように、テオの両腕に抱き締められながらも窮屈な制服を脱ごうと身じろいだ。
「ふふ…ふふっ……そっか、そういうことなんだ」
「?何を笑っているんだ…?」
「おれ、おまえのことがやっぱり好きなんだなぁって」
 テオの突然の告白に、蘭零琳は目を丸くして首を傾げる。少し何か考えた後、テオの顔をじっと見た。
「……気のせいだろ。真似事だけして、その気になっているだけだ」
「おまえは?零琳はおれのこと……どう思って」
「……唯のクラスメイト…」
「……」
 蘭零琳は落胆し、悲しそうなテオの顔から視線を逸らしつつ、一拍置いて更に言葉を続けた。
「……だったら、こんなことする訳ないだろ……誰にだってできることじゃない」
「っ…!そ、それじゃ……」
「好き…なのだとは思うけれど、これが所謂恋愛的なそれなのかは正直良く分からない。今まで誰かを、好きになったことがないから……」
 頬を赤らめ、テオの胸元に顔を押し付ける蘭零琳の耳は縁まで真っ赤に染まっていた。
「ふふ……可愛い」
「……可愛くない」
「そういうとこが素直じゃなくて可愛いんだよ。実はおれも同じなんだ。誰かを本気で好きになったことなんて、今までなかった」
「…お前に限ってか?」
「いや、……興味はあってもその先に行けないんだよね。なんか違う、って思い始めると急に熱が冷めて、気づいたら向こうから離れてることが多かった。おれが本気じゃないって知った途端、じゃあ良いやって言われたこともある」
「…なんだそれ…本当に高校生か?」
「ふふ…もしかしておれのこと、知りたくなってきた感じ…?なら、阿琳だけに教えてあげる。おれの秘密」
 スラックスの上から蘭零琳の尻に両手を添えて抱き締めたまま、テオが上体を起こして意味深に嗤う。その前に、と前置きを言って、蘭零琳の両手を自分の胸元に持ってこさせた。
「……おれのシャツ、脱がせて」
「なっ…何故そんな必要がある…!自分で脱げばいいだろう」
 蘭零琳はテオの突然の申し出に顔を真っ赤にさせ、テオの胸元に触れていた手の平を慌てて離した。
「えぇ?じゃないと今着てるシャツが弾け飛ぶからさ…それにおれの両手は阿琳の桃尻を押さえるのに忙しいんだよ」
「……おまえ、一体なんなんだ」
 不満そうにテオのシャツへと手を添えて、蘭零琳がボタンを上から順に外していく。次第に顕になるテオの肌色は自分よりもやや濃く、体つきも逞しい。鎖骨の凹凸を撫で、次いで張りのある胸元へと触れかけて思わず目が釘付けになると、テオはその様子に笑みを浮かべた。
「……ふふ…阿琳、驚いた顔も可愛い」
「べつに…そんなんじゃ……ほら、あとは自分で脱げるだろ」
「はいはい…しょうがないな」
 テオが自分でシャツを脱いで引き剥がすように傍らへ置くと、やや前傾姿勢になり蘭零琳の肩に額を預ける。
「零琳……手、握ってて…お願い」
「今度はなんだ?」
 呆れたように蘭零琳が問い掛けるが、テオは黙ったまま指を絡めるように蘭零琳と手を繋ぐ。そして背筋をびくんと跳ねさせ、何かに悶絶するかのように身体を捩らせた。
「どうした!?」
「んっ…大丈夫、久しぶり過ぎて…ちょっと刺激が、あっ……!」
 テオの背中の皮膚を貫いて何かが出てきそうな様子に、蘭零琳は目を背けることなく見守ることにした。握り込まれる指の力が強くなり、呼吸も荒くなる。
「テオ…おまえ、まさか…」
「っ……!あぁっ…出る…!」
 テオの声は半ば恍惚としたもので、背中を反らせビクンと痙攣する。
 次の瞬間、蘭零琳は自分の目を疑った。
 おおきな鳥の羽ばたきに似た音がして、自分の視界が遮られる。視界の先に広がる翼は、テオの背中から伸びていた。