その日の放課後。
テオは誰にも見られないようにと人の眼を掻い潜り、足早に校門へと向かう。その先には待ち人が居る筈で、これから二人で蘭零琳が住んでいるマンションに向かい、一緒に宿題をする予定だった。
途中で目を疑うような光景を見てしまい、気まずくなってその記憶を振り払うように走り出す。視界の先、揺れる背中と一つに括った髪は紛れもなく蘭零琳のものだ。
「……あれ?あいつ……!」
確かに校門の前に、待ち合わせをしている者の後ろ姿が見えていた。しかしその周りを、クラスメイトらしき何人かが囲んでいる。テオは嫌な予感がして、駆け足で人の群れに近づいた。
「おい、おまえら何やってんだよ!」
「……ちっ、余計なのが……」
「テオ!これには訳があって」
「何の訳があるってんだ!寄ってたかって囲みやがって……阿琳、大丈夫か」
「アーリン?」
「…別に、変わりはない」
「おい、今の何だって?」
「そっ、そんなことよりも!どうせならテオも一緒にどうだよ、修学旅行の行動班」
「は…?行動班?」
一番冷静なクラスメイトが状況を説明すると、それまでの全貌が見えた。修学旅行で六人一組のグループ行動をとる際の班決めを生徒各々で決めることになり、蘭零琳を囲んでいた四人は彼をメンバーに入れたいと話をしていたのだと言う。テオは宿泊班が開示され蘭零琳との二人部屋が確定しているのが嬉しくて仕方がなく、以降はいつも通り話半分に聞いていた。
「な、なんだ…おれはてっきり…」
「姫を囲って何かしようなんて考えねぇよ…おまえを怒らせたら怖えから」
「なっ!なんでそこにおれが出てくるんだよ…」
「ははっ、そう照れんなって。じゃ、返事は明日聞くから」
苦笑いを漏らした一人はテオの肩を叩き、他のクラスメイトを引き連れて何処かへと歩き出す。その背中を見送った後、残された二人は顔を見合わせつつもどう言葉を掛ければいいのか分からず、互いに迷っていた。先に何か言おうとしたテオは口を動かすも、声は出ていない。
「何もされていないから大丈夫だ」
先に口を開いたのは蘭零琳だった。彼は165㎝とテオよりも身長が低く、上目遣いに見上げられたテオは心臓が跳ね上がるような心地がした。
「……ごめ…ならよかった……あ、あのさ、ま…待たせたか?」
「…別に。待ってはない」
「そっか!なら行こう!」
蘭零琳と横並びで歩きはじめたテオは、ぎくしゃくとした身体の動きで前に進む。蘭零琳の自宅は学校からほど近く、間もなくして二人は到着した。しかしそれまでどうやって歩いて来たのか、どのような会話をしたのかテオはろくすっぽ憶えていなかった。
(あれ?なんでおれは緊張してんだ?いつも通りのことだろ…)
前を歩く蘭零琳の背中を追いかけていたような気もしたが、ずっと付かず離れず隣り合わせで歩いていたような気もする。蘭零琳の近くを歩いているのに、テオの頭の中は蘭零琳のことでいっぱいになっていた。
「…テオ」
「なっ、なんだ!」
「着いたぞ」
「あぁ!それじゃ、お邪魔します…」
蘭零琳が玄関の扉を開け、テオが一緒に入り込む。直ぐに蘭零琳は内鍵を閉め、扉に張り付いたように止まっているテオに詰め寄った。
「……さっきからどうした?」
「別に!どうも…してないよ」
「修学旅行…昼間も同じ班は嫌か?」
「そうじゃないって!むしろ嬉しいよ。何て言うか…頭の中がいっぱいになっちゃって」
「何で?」
「それが…おれも、よく分からないんだ」
テオは喉奥が収縮するのを感じ、無意識に息を飲む。目の前にいる友人がテオを見上げ、じっと見つめてくる光景など見慣れている筈だった。しかし今日に限って緊張するのは何故だろうと自問自答を繰り返す。
「……なぁ、阿琳」
「ん」
「…いやっ!忘れてくれ、何でもない!」
「いいから言え」
「えっ…じゃ、変なこと聞くかも知れないけど……おまえさ、キスしたことある?それも──男と」
「なぜそんなことを聞く」
微動だにしないテオの前から離れず、蘭零琳も静止したままテオの前に立っていた。テオの頭の中から蘭零琳が離れない理由は、校門で待っている蘭零琳の元へ向かっている途中、彼が生きてきた中でとんでもない光景を見てしまったからだ。
前庭の木陰で、別クラスの男子生徒が誰かと抱き合っていた。高校ならままあることだろうと思い、テオは揶揄い半分で近づこうとした瞬間…見てしまったのだ。相手が同じクラスの男子だったことを。そして抱き合っていた二人はそのまま、唇を重ねていた。
「実は…学校で見ちゃってさ、同じクラスの奴が、他クラスの男子としてるとこ」
「……そういう事か」
蘭零琳は呆れとも驚愕ともつかない声音でそう言い返し、テオに背を向けた
「なっ、べ、べつにおれは羨ましいとかおまえとしたいとかそう言うんじゃ」
「俺は誰とも…したことはない。でも、……テオだったら……」
「へっ⁉」
先に靴を脱ぎ、室内に入る蘭零琳は振り返ることなくリビングに向かう。テオは我に返り、慌てて家主の後を追った。
テオは誰にも見られないようにと人の眼を掻い潜り、足早に校門へと向かう。その先には待ち人が居る筈で、これから二人で蘭零琳が住んでいるマンションに向かい、一緒に宿題をする予定だった。
途中で目を疑うような光景を見てしまい、気まずくなってその記憶を振り払うように走り出す。視界の先、揺れる背中と一つに括った髪は紛れもなく蘭零琳のものだ。
「……あれ?あいつ……!」
確かに校門の前に、待ち合わせをしている者の後ろ姿が見えていた。しかしその周りを、クラスメイトらしき何人かが囲んでいる。テオは嫌な予感がして、駆け足で人の群れに近づいた。
「おい、おまえら何やってんだよ!」
「……ちっ、余計なのが……」
「テオ!これには訳があって」
「何の訳があるってんだ!寄ってたかって囲みやがって……阿琳、大丈夫か」
「アーリン?」
「…別に、変わりはない」
「おい、今の何だって?」
「そっ、そんなことよりも!どうせならテオも一緒にどうだよ、修学旅行の行動班」
「は…?行動班?」
一番冷静なクラスメイトが状況を説明すると、それまでの全貌が見えた。修学旅行で六人一組のグループ行動をとる際の班決めを生徒各々で決めることになり、蘭零琳を囲んでいた四人は彼をメンバーに入れたいと話をしていたのだと言う。テオは宿泊班が開示され蘭零琳との二人部屋が確定しているのが嬉しくて仕方がなく、以降はいつも通り話半分に聞いていた。
「な、なんだ…おれはてっきり…」
「姫を囲って何かしようなんて考えねぇよ…おまえを怒らせたら怖えから」
「なっ!なんでそこにおれが出てくるんだよ…」
「ははっ、そう照れんなって。じゃ、返事は明日聞くから」
苦笑いを漏らした一人はテオの肩を叩き、他のクラスメイトを引き連れて何処かへと歩き出す。その背中を見送った後、残された二人は顔を見合わせつつもどう言葉を掛ければいいのか分からず、互いに迷っていた。先に何か言おうとしたテオは口を動かすも、声は出ていない。
「何もされていないから大丈夫だ」
先に口を開いたのは蘭零琳だった。彼は165㎝とテオよりも身長が低く、上目遣いに見上げられたテオは心臓が跳ね上がるような心地がした。
「……ごめ…ならよかった……あ、あのさ、ま…待たせたか?」
「…別に。待ってはない」
「そっか!なら行こう!」
蘭零琳と横並びで歩きはじめたテオは、ぎくしゃくとした身体の動きで前に進む。蘭零琳の自宅は学校からほど近く、間もなくして二人は到着した。しかしそれまでどうやって歩いて来たのか、どのような会話をしたのかテオはろくすっぽ憶えていなかった。
(あれ?なんでおれは緊張してんだ?いつも通りのことだろ…)
前を歩く蘭零琳の背中を追いかけていたような気もしたが、ずっと付かず離れず隣り合わせで歩いていたような気もする。蘭零琳の近くを歩いているのに、テオの頭の中は蘭零琳のことでいっぱいになっていた。
「…テオ」
「なっ、なんだ!」
「着いたぞ」
「あぁ!それじゃ、お邪魔します…」
蘭零琳が玄関の扉を開け、テオが一緒に入り込む。直ぐに蘭零琳は内鍵を閉め、扉に張り付いたように止まっているテオに詰め寄った。
「……さっきからどうした?」
「別に!どうも…してないよ」
「修学旅行…昼間も同じ班は嫌か?」
「そうじゃないって!むしろ嬉しいよ。何て言うか…頭の中がいっぱいになっちゃって」
「何で?」
「それが…おれも、よく分からないんだ」
テオは喉奥が収縮するのを感じ、無意識に息を飲む。目の前にいる友人がテオを見上げ、じっと見つめてくる光景など見慣れている筈だった。しかし今日に限って緊張するのは何故だろうと自問自答を繰り返す。
「……なぁ、阿琳」
「ん」
「…いやっ!忘れてくれ、何でもない!」
「いいから言え」
「えっ…じゃ、変なこと聞くかも知れないけど……おまえさ、キスしたことある?それも──男と」
「なぜそんなことを聞く」
微動だにしないテオの前から離れず、蘭零琳も静止したままテオの前に立っていた。テオの頭の中から蘭零琳が離れない理由は、校門で待っている蘭零琳の元へ向かっている途中、彼が生きてきた中でとんでもない光景を見てしまったからだ。
前庭の木陰で、別クラスの男子生徒が誰かと抱き合っていた。高校ならままあることだろうと思い、テオは揶揄い半分で近づこうとした瞬間…見てしまったのだ。相手が同じクラスの男子だったことを。そして抱き合っていた二人はそのまま、唇を重ねていた。
「実は…学校で見ちゃってさ、同じクラスの奴が、他クラスの男子としてるとこ」
「……そういう事か」
蘭零琳は呆れとも驚愕ともつかない声音でそう言い返し、テオに背を向けた
「なっ、べ、べつにおれは羨ましいとかおまえとしたいとかそう言うんじゃ」
「俺は誰とも…したことはない。でも、……テオだったら……」
「へっ⁉」
先に靴を脱ぎ、室内に入る蘭零琳は振り返ることなくリビングに向かう。テオは我に返り、慌てて家主の後を追った。
