翌日。
「おはよう、零琳」
「……おはよう」
それまで殆ど言葉のやり取りをしていなかった二人が、教室に入るなり挨拶を交わしている。
クラスメイトたちはざわめき、それと同時にあらぬ憶測を呼び起こした。もしかして蘭零琳が弱点を掴まれているのではないか、脅しをかけられているのではと言った物騒な憶測から、本当は知り合いなのに知らない風を装っているのではとドラマチックな噂まで実に様々だった。
(別にそんな変わったことじゃないだろ…)
授業開始前、机に頬杖をついていたテオは馬鹿馬鹿しいと思いながら隣の席に座る蘭零琳をチラリと見遣った。
「テオ!おまえ、最近姫と…」
「その『姫』って言うの、零琳が嫌がってたからやめてあげなよ」
テオの友人が彼の机に駆け寄ると、さりげなくフォローを入れるテオの言葉に蘭零琳は違和感を覚えた。
何故言ってもないのに、彼は自分の感情を読み取ったのだろうかと。
「……テオ…」
「あっ、そうなんだ?蘭があまりにも可愛いから、みんな『姫』って呼んでたんだけど」
「確かに零琳が可愛いのは認めよう……でもなぁ」
テオが何かを言い掛けた瞬間、始業のチャイムが鳴り慌てて席につく。蘭零琳はテオに謝辞を伝える暇もなく、机の中から慌てて教科書を引っ張り出した。数学の授業だと把握していたのに、教科書を出さずにいたことに自分で驚いてしまう。
(一体俺はどうしてしまったんだ…)
昨日の授業の続きからだと机の上に乗せた教科書を開き、そのページを見た蘭零琳は悲鳴を上げそうになる。その教科書には落書きが多く書き込まれ、自分の教科書ではないのだと一目見て分かった。
「なっ…!なんだこれは…!」
「あれぇ?おれの教科書、こんなに綺麗じゃないんだけどな」
テオはテオで、アンダーラインが引かれている以外は書き込みがされていない綺麗な教科書を見つめる。それが自分のものだと悟った蘭零琳は、隣の席に向けて無言で教科書を差し出した。
「ん?どうした?」
「……これ、お前のか」
「ああ!これこれ…裏表紙におれの名前書いてあるだろ」
言われるがままにテオへ突き出したまま教科書の裏表紙を見ると、『帝王 照栖華』と書かれていた。当て字だと一目でわかる記名欄を呆れて見遣れば、どうやら彼の教科書で間違いはないようだった。
「テオ」
「ん?」
「…恥ずかしくないのか…あんなに落書きした教科書見られて」
「なんで?」
「……いや…やっぱりなんでもない」
数学の担当教師の解説もそっちのけで、二人は小声でぼそぼそとやり取りを繰り返した。
なぜ教科書が入れ違いになったのか原因は不明だが、テオの教科書に書かれた落書きの中に『阿琳かわいい!好き!』と殴り書きされたような一文があったのを思い出し、蘭零琳は振り払うように俯いて自分の教科書を食い入るように見つめる。
(あんなのただの戯言だろうに……本当にどうしたんだ…俺は)
「蘭!蘭零琳、次の問いに応えなさい。初歩的な計算問題だから、分かる筈だろうが…」
突然掛けられた教師の言葉に、蘭零琳の頭の中は真っ白になった。しかし隣の席からノートの切れ端が差し出され、教科書のページ数と問題の番号が記載されていることに気が付く。
「……公式は180 × (nー2)、nは辺の数で、五角形の場合はn=5となります。よって、五角形の内角の和は540°です」
「……うむ…。正解だ」
ホッとした表情の蘭零琳を横目で見たのか、テオがウインクを投げて寄越すのが分かった。今回ばかりは彼に助けられたと少し悔しくなったが、事の発端は教科書を取り違えられていたことだ。何時そうなったのか原因を思い出そうにも、今は授業中でそれどころではなかった。
気もそぞろな中授業は進み、蘭零琳は必死に教科書の内容に追い付こうとする。
「……では今日はここまで。テスト範囲に含まれているから、よく復習するように」
終業のチャイムが鳴ると安堵の声がそこかしこから漏れ聞こえ、テオは両腕を伸ばして大きく伸びをした。
「ふ~っ……何とかなったな」
「ああ…本当に助かった。ありがとう」
「ふふっ、良いって。それにしても、おれたちの教科書なんで入れ替わったんだろうな」
テオも同じように思っていたらしく、腕を胸の前で組み首を傾げて何かを思い出そうとする。それと同時に左耳に着けているピアスも傾き、涼し気な音を立てた。
「もしかして…補習してた時に入れ違いになったのかなぁ?」
「どうなんだろうな…真偽はともかく、今度からはあんな落書きは慎むことだ」
「えっ?…あぁ…!もしかしてバレてた?」
「…当然だろっ…!あんなの嫌でも目に入る…」
頬を赤く染め恥ずかしいのを誤魔化すように、蘭零琳は椅子から立ち上がって急ぎ足で教室を後にする。
その背中をテオは見送ることしかできず、机に出たままになった蘭零琳の教科書を手に取り適当にページを開く。
「……もうバレたのなら、いっそのこと…」
蘭零琳にしかわからないであろう告白の言葉を思い付き、彼がいつ気づくか分からないが気付かないならそれまでだと覚悟を決める。顔が焼け付くような熱さを感じながら、テオはシャーペンで小さく『我愛你』と書き記した。
「おはよう、零琳」
「……おはよう」
それまで殆ど言葉のやり取りをしていなかった二人が、教室に入るなり挨拶を交わしている。
クラスメイトたちはざわめき、それと同時にあらぬ憶測を呼び起こした。もしかして蘭零琳が弱点を掴まれているのではないか、脅しをかけられているのではと言った物騒な憶測から、本当は知り合いなのに知らない風を装っているのではとドラマチックな噂まで実に様々だった。
(別にそんな変わったことじゃないだろ…)
授業開始前、机に頬杖をついていたテオは馬鹿馬鹿しいと思いながら隣の席に座る蘭零琳をチラリと見遣った。
「テオ!おまえ、最近姫と…」
「その『姫』って言うの、零琳が嫌がってたからやめてあげなよ」
テオの友人が彼の机に駆け寄ると、さりげなくフォローを入れるテオの言葉に蘭零琳は違和感を覚えた。
何故言ってもないのに、彼は自分の感情を読み取ったのだろうかと。
「……テオ…」
「あっ、そうなんだ?蘭があまりにも可愛いから、みんな『姫』って呼んでたんだけど」
「確かに零琳が可愛いのは認めよう……でもなぁ」
テオが何かを言い掛けた瞬間、始業のチャイムが鳴り慌てて席につく。蘭零琳はテオに謝辞を伝える暇もなく、机の中から慌てて教科書を引っ張り出した。数学の授業だと把握していたのに、教科書を出さずにいたことに自分で驚いてしまう。
(一体俺はどうしてしまったんだ…)
昨日の授業の続きからだと机の上に乗せた教科書を開き、そのページを見た蘭零琳は悲鳴を上げそうになる。その教科書には落書きが多く書き込まれ、自分の教科書ではないのだと一目見て分かった。
「なっ…!なんだこれは…!」
「あれぇ?おれの教科書、こんなに綺麗じゃないんだけどな」
テオはテオで、アンダーラインが引かれている以外は書き込みがされていない綺麗な教科書を見つめる。それが自分のものだと悟った蘭零琳は、隣の席に向けて無言で教科書を差し出した。
「ん?どうした?」
「……これ、お前のか」
「ああ!これこれ…裏表紙におれの名前書いてあるだろ」
言われるがままにテオへ突き出したまま教科書の裏表紙を見ると、『帝王 照栖華』と書かれていた。当て字だと一目でわかる記名欄を呆れて見遣れば、どうやら彼の教科書で間違いはないようだった。
「テオ」
「ん?」
「…恥ずかしくないのか…あんなに落書きした教科書見られて」
「なんで?」
「……いや…やっぱりなんでもない」
数学の担当教師の解説もそっちのけで、二人は小声でぼそぼそとやり取りを繰り返した。
なぜ教科書が入れ違いになったのか原因は不明だが、テオの教科書に書かれた落書きの中に『阿琳かわいい!好き!』と殴り書きされたような一文があったのを思い出し、蘭零琳は振り払うように俯いて自分の教科書を食い入るように見つめる。
(あんなのただの戯言だろうに……本当にどうしたんだ…俺は)
「蘭!蘭零琳、次の問いに応えなさい。初歩的な計算問題だから、分かる筈だろうが…」
突然掛けられた教師の言葉に、蘭零琳の頭の中は真っ白になった。しかし隣の席からノートの切れ端が差し出され、教科書のページ数と問題の番号が記載されていることに気が付く。
「……公式は180 × (nー2)、nは辺の数で、五角形の場合はn=5となります。よって、五角形の内角の和は540°です」
「……うむ…。正解だ」
ホッとした表情の蘭零琳を横目で見たのか、テオがウインクを投げて寄越すのが分かった。今回ばかりは彼に助けられたと少し悔しくなったが、事の発端は教科書を取り違えられていたことだ。何時そうなったのか原因を思い出そうにも、今は授業中でそれどころではなかった。
気もそぞろな中授業は進み、蘭零琳は必死に教科書の内容に追い付こうとする。
「……では今日はここまで。テスト範囲に含まれているから、よく復習するように」
終業のチャイムが鳴ると安堵の声がそこかしこから漏れ聞こえ、テオは両腕を伸ばして大きく伸びをした。
「ふ~っ……何とかなったな」
「ああ…本当に助かった。ありがとう」
「ふふっ、良いって。それにしても、おれたちの教科書なんで入れ替わったんだろうな」
テオも同じように思っていたらしく、腕を胸の前で組み首を傾げて何かを思い出そうとする。それと同時に左耳に着けているピアスも傾き、涼し気な音を立てた。
「もしかして…補習してた時に入れ違いになったのかなぁ?」
「どうなんだろうな…真偽はともかく、今度からはあんな落書きは慎むことだ」
「えっ?…あぁ…!もしかしてバレてた?」
「…当然だろっ…!あんなの嫌でも目に入る…」
頬を赤く染め恥ずかしいのを誤魔化すように、蘭零琳は椅子から立ち上がって急ぎ足で教室を後にする。
その背中をテオは見送ることしかできず、机に出たままになった蘭零琳の教科書を手に取り適当にページを開く。
「……もうバレたのなら、いっそのこと…」
蘭零琳にしかわからないであろう告白の言葉を思い付き、彼がいつ気づくか分からないが気付かないならそれまでだと覚悟を決める。顔が焼け付くような熱さを感じながら、テオはシャーペンで小さく『我愛你』と書き記した。
