つむぐ人



    目 次

  
  告白
  一期一会
  決心
  遠い空の向こう
  再会
  暖かな春を待ち侘びて
  ふるさとを辿る旅
  手紙




 つむぐ人



 だれもが、それぞれの人生を精一杯いきている
幸せを築くために日々の努力を積み重ねている
それでも時に、つらく悲しい出来事に出遭ってしまう
そんな時にもまっすぐに向き合い、最善を尽くし取り組んでいく
いつか報われる時が来ることを信じて




                     

はじまり  
       告 白

昭和七年、梅雨の晴れ間に新緑が映える頃






 アキはお使いの帰り道、茶屋街を歩いていると
「あら、呉服問屋のお嬢ちゃん、これから出掛けるがや?」と小料理屋の店先で声を
かけられた。アキは歩み寄りながら
「こんにちは女将さん、今、駅前までお使いに行った帰りです・・・あの、もうお嬢
ちゃんって、呼ぶのはやめてもらえんけね。私も十六歳になりましたさけ。」
女将さんは、しばらくアキを見つめてから
「あっははははっ、あら、ごめんねえ。アキちゃんももう十六になったんやねえ、
じゃあ、アキお嬢さんやね。」とにんまりとほほ笑んでアキの顔をのぞきこんだ。
アキも負けじと苦笑いをみせた。
「あら、そうそう、夕方から雨になるそうやよ、気いつけて帰るんやよ、お嬢さん。」
と少しからかわれたように聞こえたが、アキは気にすることなく
「そうなんやねえ、ありがとさんです、ほんなら失礼します。」と少しゆっくりと
お辞儀をしてから歩き始めた。
アキは、空を仰ぎ見ながら帰り道を急いだ。
浅野川大橋を渡り茶屋街を森に向かって通り抜け、神社を横目にゆるやかな坂道を
越えると家はもうすぐである。

格子戸から外の通りを覗いていた母は、娘の姿を見つけると「お父さん、アキが戻り
ましたよ、さっきの話し頼んますや」と少しあわてた口調で伝えると言いながら台所
にむかった。
「うん、わかっとおる」といいながら父も落ち着かない様子だった。
アキは玄関の扉を開けて中に入り扉を閉じてから父と母のいる居間に向かって
「ただいまもどりました」と声をかけた。
「おかえり、ちょっとこっちに来てくれるか。」と父親の声が返ってきた。
「あっ、はい」と言いながら両親の居る居間に向かった。居間に入ると、父と母は
正座で出迎えた。アキは両親と向き合うようにして座ると、
何かいつもと違う雰囲気を感じながらも「ただいまもどりました」と改めてお辞儀
をした。
すると母は「今日は思ったより暑かったやろ、お疲れさま」
母はそう言いながら、湯呑みに入った麦茶を出してくれた。
アキは、湯呑みを手に取り、ひとくち流し込むと
一息つくのをまってから、父が話しはじめた。
 「うん、この家は小さいながらも商売はうまいこといっとるほうだ、できればこれ
からも呉服問屋として続けていきたいと思とる。つまりこの家に跡取りをほしいと思
とるんやけど・・・実はな、縁談の話があるんや、おまえはどうだ。」と父に
意見を求められて
「ほや、わかりしましたさけ、よろしゅうお願いします」とアキは迷わずに応えた。
「ほうか、ほんなら話しすすめておくわ、うん」
少し間が空き、父が母のほうをちらっと見てから
「それから、話しかわるがやけど… いつかは話さんなんことあると思とってな、前々
から思とったことがあるがやけど。うん、実はな、アキは養子なんや。おまえがまだ
二歳の頃やったさけ、アキは覚えとらんがやろ」
「うん、ほうや、おまえがうちの大切な娘やということに変わりはない、これからも
今までどおり、なんもかわらんこれまでどおりや。」
沈黙の中、日差しを遮ぎる雲が広がり、ポツリポツリと雨音が響き始めた。
あきは下を向いたまま、静かに涙をこらえていた
その様子にいたたまれなくなった父は「あとは、母さんから聞くといいがいね」と言い
残して居間を出ていった。  
母は娘の横に座り直してから「大丈夫け、いつかは話さんなんと思っとったんやけど、
おとうさんと相談してこの時期に話すことにしたんや。」
アキは黙ったまま、うなずいた。そして、母は昔のことを語りはじめた。
「お父さんと一緒になって、三年ほどたったころやったかいね、なかなか子どもを授から
んでね、諦めとった頃に知り合いのつてでね、身寄りをなくした赤子がおるとかでもらい
手をさがしとるいう話があってね、お父さんと話してとりあえず会ってみよかちゅうこと
になって、はじめてアキに会わせてもろたときに、それはそれはかわいくてね、えらい
しあわせな気持ちになったがを今でも覚えとるわ。」
「この幸せが続くと思うと、迷わんとうちの子にすることに決めたんや。」
「お父さんもおなじ気持ちやったと思うわ。」
「それとね、あんたのほんとのお父さんとお母さんは事故で亡くなったと聞いとる
んや。」
「あんたがうちに来ることになった事情はそう言うことなんやよ、どうにもならん
事情だったんや、分かって上げて。」母は、アキが辛そうに聞いていることは気づ
いたが、我慢して最後まで聞いて、という思いで話し続けた。
「それとな、あんたは双子で、妹がおると聞いとるわ。」
「昔は、大変やったんや、まずしい家が多かったさけ食べていくんのも精一杯。
こどもを授かったとしてもはようになくしてしもうことも珍しないことやったんや、
病気や栄養失調でねえ、増してや双子となると、育てるんは大変やったはずやよ。」  
「双子は一緒には育たない、そんな迷信もあってねえ、みんな一生懸命だったんや
よ、生きていくために。」
「こどもの生命を誰かに託す、そんな選択をせざるをえない時代もあったんやよ。」
「そんな中で私たちは出会ったんや、縁があったんや、ほやさけ大事に育ててきたんや
、もちろんこれからもや。とにかく、あんたは私たちの大切な娘やいうことに変わりは
ないんやよ、これまでとなんも変わることはないんやよ。」
「アキ、急にこんな話をしてしもてすまんね、分かってほしいんやよ。」
母もアキも涙が溢れていた。 母はやさしくアキを抱き寄せた。
アキはいろんな思いが込み上げてくるなかで「ありがとうございます、お母さん」と
一言、震えるかすかな声で返した。
外の通りからは冷たい風が差し込み、雨はせわしく石畳を叩いていた。     

  ( おわり )




      一期一会

梅雨が明けた初夏の頃、縁談の日を迎えた。
空は晴れわたり、川沿いにある涼やかな風が吹くお茶屋さんで行われた。
「ほ〜、気持ちのええところですなぁ、本日は大安吉日、晴天にもめぐまれて、ほんに    
めでたき日和になりましたな、アッハアハア、こりゃまた失礼」
「この良き日におふたりの世話役を仰せつかりました、中居と申します。どうぞ
よろしくお願いいたします。」
「ほ〜、お二方ともちょこっと緊張しとりますな、こちらまで伝わってきてます、うん、
いいがですよ、それが普通ですさけ、アッハアハア、ほんならまずは深呼吸、深呼吸して
みまっし。」
世話役の中居は 大きく腕を広げて胸を張り静かに深呼吸をしてみせた。
本日、主役のふたりは、すこし恥ずかしそうに小さく深呼吸をつづけた。
「ほんなら、本題にはいりまっしょか」というと世話役の中居は、にこやかな笑顔
にこやかな笑顔をみせてから話しにはいった。
「まず、お二人は、全くのはじめまして、ではないとお聞きしとりますが、改めま
して、私の方から、お二人のご紹介をさせていただきます。」
「ほんなら初めに、男性から紹介していきましょう。」というと、紹介される男性
は、背筋をのばして口を閉じ、目線は真っ直ぐあきの上のほうに向けられ、わかり
やすく緊張している様子になっていた。
「彼のお名前は、河野酵太郎くん二十二歳、現在、金沢国際大学に通いながら
家業のお手伝いしとります。」
「彼のご実家は城下町西通りの程近くに酒蔵を構えておられる河野酒造の御次男で
ございます。」
「私からの紹介は以上です。」と世話役の中居は話し終えた後、酵太郎のほうに顔
を向けると、ほんの少し沈黙があってから
 「酵太郎と申します、本日はよろしゅうお願いいたします」とすこし照れながら
小さくお辞儀をした。その時に一瞬、アキと目が合った。酵太郎はすぐに目線を上に
外した。顔は真っ赤になっていた。
「ほ〜元気があってよろしいがですな、その調子でいきましょう」と世話役の中居は
二人に笑顔を向けた。そして、
「ほんなら続いて、お嬢さまのご紹介させていただきます。」
「綾乃アキさん十六歳、ご実家は、奥茶屋街にあります呉服問屋綾乃屋の一人娘、
 お店の看板娘。私も仕事で、綾乃屋さんににうかがうことがあるがですけど、
いつも明るう元気にお手伝いされとります。」と言い終えてからアキのほうに
目線を向けて「今日もきれいがです、なあ酵太郎くん。」と言って、今度は酵太
太郎の顔を、笑顔で覗き込んだ。
酵太郎は緊張のまま「はい。」と言ってから、また顔を赤くして空を見上げた。
 アキも少し照れながら、ほほを赤らめて下を向いたまま「綾乃アキと申します、
よろしくお願いします」とこちらも照れながら小さくお辞儀をした。 
酵太郎は、それを見てうれしかった。
世話役の中居は、緊張感があるこの雰囲気をどうにかほぐしたいと、考えをめぐら
せていた。そして「酵太郎くんは、何か趣味しとるがですか。」と切り出した。
すると酵太郎は「はい、今大学でキンの調査、研究をしとります。」と明るく答え
が返ってきた。「ほ〜、そのキンは、金箔の金のことですけ?」と中居は話しを
広げようと質問を続けた。
酵太郎はすぐさま「いえ、細菌やばい菌のキンです。菌というと印象があまりよく
ないかもしれんがですが、ビフィズス菌や酵母菌など、健康に良かったり、食べ物を
美味しくしてくれる菌もあるがです。そんな菌を探すことに夢中になっとります。」
酵太郎は楽しそうに応えていた。
「ほ〜そうですか、それは白衣を着て顕微鏡をのぞいてる感じかねえ、ええがいねえ。」
と中居が返すと
「はい、そんな感じです。」と酵太郎は笑顔で元気に答えた。
中居は酵太郎とのやり取りに手応えを感じて
「お嬢様は何か趣味しておいでますか」とアキを会話の中に引き入れることにした。
アキは「あの、茶道と花道それと着付けをさせてもろとります。」と応えると、
中居は「さすがお嬢さま、その道を極めておいでるがやね。」
「いえ、そんなこと…」と言葉を濁すと、下を向いてから首を横に振った。
中居は、軽率にアキをヨイショしたことを気にかけながらも話しを続けた。
「日本の道は、心技体を鍛え日本人の魂を育んでくれる、実にすばらしい学び。
どんな道も極めれば、身を助け、強いては世界を救うことになるかもしれんがいねえ
、ちょっと大袈裟でしたかな。はっはははあ 」
「おっと、ちょっこししゃべりすぎてしもいました、ほんなら私はこの辺で、あとは
おふたりでええ時間を過ごしまっしね。」と言い終えた後、中居は席を立ち二人に
向けて一礼してから席を外した。
世話役が席を外すと、会話が途絶え沈黙が続いた。
時折風を感じて、木々のざわめきがかすかに響き、川の流れがとても近くにあること
に気づいた。
しばらくして、酵太郎が先に口を開いた。
「あの、時折、街中でアキさんのことお見かけしとりました。とても笑顔のすてきな
明るいひとやな思うて・・・それで今回、思いきってお願いすることにしたがいね。」
アキは下を向いたままだった。
 先日の両親からの告白が頭の中を駆け巡っていた。
「今日は、まだ笑顔を見せてはくれんがですね。」酵太郎は普段見かけている
アキの様子と明らかに違うことに戸惑っていた。
またしばらく沈黙がつづいた。そして、また酵太郎から
「うちはな、一期一会 という言葉が大好きやがいね、出会うすべての人と笑顔で
おりたいんです。人が一生に出会える人の数なんてごくわずか、二度と出会うこと
が叶わない人もおるわけで、そやさけアキさんとの出会いも大切にしたいと思っと
ります。せっかくこうして出会えたんやさけ、なんでもいいですさけ、お話し聞か
聞かせてもらえんけ。」
アキはその言葉に、すこし顔をあげて思い詰めていた気持ちを話しはじめた。
「実は私、養子なんやわ。」
「えっ」酵太郎は思わぬ告白に驚いた表情を見せたが、ここは黙って最後まで話し
を聞こうと言葉を飲み込んだ。
「二歳半の頃に今の綾乃家にもらわれてきたんですわ。それも双子やったようで
私には妹がおるようなんです。」
「私の記憶にはない二歳半までの生活があって、今の家族とは別の家族がおって、
双子の妹がおるいわれても思い出せんのです、家族の顔も、生まれ育った場所も
思い出せんのです。記憶にあるこれまでの生活はいったいなんだったのかとも思う
たりして。」今の自分はほんとの自分なのか、誰にも相談できずにいた思いがあふ
れ、堰を切ったように話し続けていた。
アキはふと我にかえり「ごめんなさい、こんな席でこんな話ししてしもて。」とまた
下を向いてしまった。
酵太郎は、戸惑いながらも何か返さなければと必死に考えた。そして
「打ち明けてくれたこと、ほんにうれしいがいね。」
よそ様からは羨ましいがられるようなお嬢さんにもいろいろあるんだなと、酵太郎は
思いながら一生懸命に考えた。そして
「でも、双子の妹さんがおるんですよね。会ってみたいと思わんがいね、アキさんに
そっくりな妹さんに会うことが何よりの証だと思うんやけど、二歳まで見守ってくれ
とった家族や親戚がおるかもしれんね。」
「新しい出会いが待っとる、そんなふうには考えられんがやろうか。
後悔せんためにも、会ってみたほうがいいと思うんやけど。」
アキは顔を上げて「話し聞いてくれてありがとね。」と言って、目に涙を浮かべながら
酵太郎に笑顔を見せた。
アキは酵太郎の言葉に、救われた気がしていた。
それと酵太郎が一生懸命に応えようとしてくれたことがとてもうれしかった。
「よかった、今日もアキさんの笑顔が見れたがいね。」と
 酵太郎もほっとして、笑顔になっていた。
    ( おわり )


       決 心

アキは酵太郎に相談できたことで、妹に会ってみたいという思いを大きくしていた。
しかし、その思いを両親に伝えることには迷いがあった。
父と母に悲しい思いをさせてしまうのではないだろうか
私の記憶には今の両親との思い出しかない
もし、妹に会えたとして、十四年もの歳月がたっていて、何を話せばいいんだろう
私たちが離れ離れになったのは、それなりの事情があったからではないか
いろいろな思いが溢れてきて、アキは前に進めずにいた。

 秋も深まる頃
遠く城跡をのぞむ通りには、冬支度を急ぐ人出で賑わっていた。






娘は、アキの草履の鼻緒が切れたことに気づき、あきに駆け寄っていった。
「大丈夫け、手伝うげんよ」というとアキの足元にかがみ、鼻緒の切れた草履を手に取った。
そして「片足立ちではふらつくんじゃないけ、肩につかまっとってください」と少し顔を
見上げて言った。
「あっ、はい、ほんなら」と緊張しながらもアキは娘の肩に手を載せ、どうするのだろう
と見守っていた。
すると娘は被っていた手拭いを手に取り、手際良く細くさいてみせると、器用に鼻緒を
作ってみせた。
「これでしばらくは大丈夫やさけ」
アキは戸惑いながら「あの、お代はいかほど・・・?」と尋ねると
娘はすくっと立ち上がると
                                 







私と背格好も同じくらい、歳も同じくらいだろうか、やっぱり似ている
走り去る娘の後ろ姿に自分の姿を重ねていた。
 その姿は確かに… 私にそっくりだった。

 両親の告白を聞かされたあの日から、ずっと頭の中をかけめぐっていた。こころは
立ち止まったまま前に進んではくれない。どうしたらいいのかわからない思いでいた
そんな時に、酵太郎に出会い話しを聞いてもらたことで、すこし背中を押してもら
えたような気がしていた。しかし、いまひとつ踏み出すことができずにいた。
そんな日々に流されるように過ごしていたある日、突然訪れた出会い、繰り返し思い
出される橋の上で出会った娘の姿。あれは誰だったのか。
あの娘は確かに私にそっくりだった。間違いなく私の妹ではなかったか。
日を追うごとに妹に会ってみたいという思いが強くなっていった。
そして、ついにその思いを両親に打ち明けることを決心する。
 
 ある日の夜、いつものように父と母と三人で夕食を済ませた頃
アキはお膳を片付ける前のタイミングで、思いを打ち明けた。
「お父様、お母様、お願いがあるがいね。」
「私を、私の妹に会わせてもらえんやろか。一度だけでいいさけ、お願いします。」
父と母は少し驚いた様子で顔を見合わせてから、黙り込んでしまった。
アキは沈黙を破るように話しを続けた。
「この前、いろいろなお話し聞かせてもろて、これまでと変わりのう娘でいられる
ことには感謝してます。でも、あの時から心が立ち止まったままなんや。
前向きに人生を歩んでいくためにも会っておきたいがいね、お願いします。」
アキは、深く頭を下げた。しばらく沈黙があってから父が話し始めた。
「うん、ほうか。お前の気持ちはようわかった。そうやな、会えるうちに会っておい
たほうがいいんかもしれんね。」
父は、母の方に顔を向け、母はそれにうなずいた。
「そうはいうても、もう十年以上も連絡をとっとらんしなあ。とりあえず、連絡は
とってみるさけ、ただし、あっちがどうなんか・・・」
父は少し考え込むような様子を見せてから話しを続けた。
「アキは、どんな結果になったとしてもや、受け止める覚悟、できとるか?」
アキは、その意味を図りかねて「覚悟」とつぶやいてから黙り込んでしまった。
父は「うん、あちらさんと連絡がついたとしても、あちらさんがよう思ってくれる
とは限らん。あちらは会いたくないかもしれん、それでも会いたい言うんなら連絡
してみるさけ、どうや?」
アキは父の言葉にはっとした。
 十年の歳月、十年の隔たり・・・妹が私と同じ思いでいるとは限らない、歓迎
されないかもしれない、ひとりで舞いあがっていた。
アキはしばらく考え込んでいた。それでも前に進むためには会った方がいい、
やっぱり会いたい、会って確かめたい。そして、アキは改めて決心を固めた。
「妹に会いたい気持ちは変わリませんさけ、よろしく頼んます。」
アキは改めて父と母に頭を下げた。
   ( おわり ) 




    遠い空の向こう

北風の冷たさに冬がちかいことを感じ、山の紅葉も終わりを迎える頃
山並のはるか向こう、遠い空のむこうの山間にもひっそりと暮らす人たちがあった。
夕暮れのころに囲炉裏をかこみ夕食をむかえていた。
孫のミキは、囲炉裏にかけられた鉄瓶から急須にお湯を移し、お茶をいれた。
「ほい、じいちゃんお茶やよ。」といって、湯呑みを囲炉裏のふちに置いた
「うん」といってからお茶をひとくちすすると、湯呑みを囲炉裏のふちに戻した。
二人はしばらく黙って、囲炉裏の火をながめながらまったりとした時間を過ごしていた。
囲炉裏の火をながめながら、じいちゃんはしずかに話しはじめた。
「昔ミキに、父ちゃんと母ちゃんの事、話したことがあったやろ。」
「うん」とミキは頷いた。
「父ちゃんと母ちゃんは一緒に山仕事にでていって、事故で亡くなったんやちゃ」
「あの日は朝からずいぶん冷え込んどってな、降ったとしても雨の予報やったんやけど、
雪が降ってきてな、急いで山を下りたようやけど、途中で足を滑らせてしもたみたいやで、
ほんで、崖下でみつかったんやちゃ」
「おまえが二歳になったばかりやったかな」
ミキは、囲炉裏の火を見つめたまま黙って、じいちゃんの話しを聞いていた。
じいちゃんはミキの様子をしばらく見つめてから、これまでのいきさつを話すいい時期
かもしれないと思い「ミキ、全部話すさけ聞いてくれや」と落ち着いた口調で告げた。
ミキは、じいちゃんのほうをチラッと見てから、黙ってうなずいた。
じいちゃんは囲炉裏の火を眺めながら打ち明け始めた。
「実はな、おまえには姉妹がおる、ふたごの姉ちゃんや。二歳になるくらいまで一緒に
暮らしとったんや、覚えとるけや?」
ミキは黙ったまま首を振った。
「ほうか、覚えとらんのも無理はないか、まだ二歳やったしな」
「ほいでな、生活が苦しいなかで親二人を亡くしてしもて、双子を一緒に育てるんが難し
い状況になって、親戚とも話し合ってな」
「丁度その頃、こどもが授からんで困っとる夫婦がおるいう話しがあって、赤ん坊をひと
りもろうてもらうことになって、ほいで別々に暮らすことになったんや」
ミキは、囲炉裏の火を眺めながら膝を抱えた。そして、じいちゃんの話しは続いた。
「ほいでな、この前あっちの親御さんから連絡があって、おまえに会いたいと言ってきて
な、手紙も預かってきたんやちゃ」
じいちゃんは懐から封書を取り出してミキに手渡した。
「実はな、おまえの姉ちゃんが貰われていってから、どんな人が引き取ってくれたん
か心配で、2回ほど見にいったことがあるんやちゃ」
「最初は、貰われていってすぐに相手の家までこっそり見にいったんや。立派な家に
住んどって、その家から赤ん坊の鳴き声が聞こえてきてな、それを親御さんらしき人
が仲良うあやしとる様子が聞こえてきて、これで良かったんがやろうなあ思うて帰っ
てきたわいね」
「それでも心配やったさけに、金沢の知り合いに頼んで、親御さんの人柄について調
べてもろたりもした。人柄もようて仕事熱心で仲のいい夫婦やそうやちゃ」
「二度目に様子を見に行ったんは、お前たちが十歳になる頃やったなあ」
「偶然、学校から帰ってきたところをみかけてな、おまえにように似とったさけに、
すぐわかったわ。明るうて元気な姿見てな、ほっとしたが、今もおぼえとるわい」
「それでも未だにどうするんが一番よかったんか」
「わしは一生黙っとるつもりでおったが、あっちの方から会いたいいう話が来るとは
思わんかった」
「結局、おまえに大変な思いさせてしまて、わるかったわい」
ミキは抱えた膝に顔をうずめたまま、じっと耐えていた。
じいちゃんは、囲炉裏に薪を焚べながら
「おまえは、どうしたい、姉ちゃんに会ってみたいけ。
なに、急ぐ話しやないさけ、ゆっくり考えてみりゃいいわい」
「うん、それとなお前の姉ちゃんの名前やけど、アキって名前や。手紙はその姉ちゃん
からのもんや。」
ミキは手にしていた封筒から便箋を取り出して手紙を読み始めた。
そこには双子の姉の、私への思いが綴られていた。ミキはその手紙を繰り返し、読み
返していた。

 じいちゃんから聞かされた驚きの事実を受け止めきれないまま数日が過ぎたある日
 ミキは、近所にいる親戚の家に歩いて向かっていた。
たどり着いた家の庭先には、薪を割る男の姿があった。ミキの従兄弟の一男である。
一男はミキより四つ年上で、みきはいつも「兄ちゃん」と呼んでいた。兄ちゃんは
ミキの仕事仲間であり、ミキの家が困っている時に何かと頼りになってくれる働き者
である。
 兄ちゃんは人影に気づくと、斧を振るうのを止めて人影のある方に振り向いた。
そして、それがミキとわかると「おう、どしたが」と汗を拭きながら明るく声をか
けてくれた。
ミキは近づきながら「今日は午前中で仕事終わったさけ、これ、たくさん取れたさけ
、持ってきたがや」といって、ざるいっぱいのキノコを一男の目の前に差し出した。
一男は「おう、いつも悪いな」といってザルを受け取ると「あっほや、とうもろこし
蒸しとったんや、食うてけ。今、持ってくるさけ」と言って、家の中に入っていった。
 ミキは一男の言葉に頷いてから、一男の家の縁側に向かった。
 外側から縁側の扉を開けるとそこに座った。
 日差しが暖かく差していて、心地良い場所だった。  
しばらくして家の奥から、新聞紙を敷いたザルの上に、まだ湯気が立っているとうも
ろこしを山盛りに載せて、一男が戻ってきた。
 一男は満面の笑みで「今年のとうもろこしはうまいわいね。見てみい、この色と
つや、今年一番の出来や。ほれっどうぞ」と言ってミキの座る横に置いた。
 ミキは「ほんなら、いただきますわ」と言ってとうもろこし一本を手に取り、しば
らく、庭の遠くに目を向けて小さくため息を吐いてから、とうもろこしにかじりつい
た。
一男はとうもろこしを食べながらミキの様子を気にしていた。いつもより元気がない
ように感じて「最近、なんかあったが?」と話しかけた。
 ミキはとうもろこしを食べていた手が止まり、しばらく黙っていたが、
「あのね、この前、じいちゃんからな… 」とこの数日の間、抱えていた思いを吐き
出すかのように話し始めた。
 じいちゃんから聞かされた話しは、両親の死について、双子の姉がいることについて、
その姉が会いたいと連絡があったこと。そして、姉から手紙が届いていること、すべて
を従兄弟の一男に打ち明けた。
 一通り話しを聞いた一男は「ほうか、大変やったな」という言葉を返すのが精一杯だ
った。ミキの家では、そんな大変なことがあったのかという驚きと話しの深刻さから
食べかけのとうもろこしをザルの端に置き、ミキのそばに座り直した。
 ミキは沈んだ顔で遠くの方を見ていた。おそらくミキは、じいちゃんの話しを受け止め
きれずにいるのだろう。
 一男もどうしたら良いものかと、腕組みをしながら考えた。そして、ようやく捻り出し
た言葉が「おまえはどうしたい思うとるが?」と切り出すと
ミキは少し下を向いて「わからんわ」と一言だけ、ミキはもう涙が溢れそうになっていた。
それを見ていた、一男は少し慌てていた。
「うん、ほやな、わからんわな、うん」と自分にも言い聞かせるようにしながら、一生懸
命に考え続け、そして、話しの内容を整理するように話し始めた。
「ミキには姉ちゃん、おったんやな、それも双子の … 」
「そういえば昔、おまえが赤ん坊の頃、おまえの家行った時のことなんやけど、赤ん坊が
二人並んで寝かされとったのを、なんとなく覚えとるわ。それが姉ちゃんやったんやな、
いつも一緒に、そばにおったがやな、うん」
 一男はミキのほうに顔を向けて「その姉ちゃんも、今のおまえと同じように悩んどるん
じゃないがかな、それでも会いたなって、ミキと話ししたい思うてな、勇気出して手紙書
いてきたんやと思うわ」
「相手の親御さんもわかってくれとるみたいやし、姉ちゃんの気持ちに応えてもいい
がやないけ。わしゃそう思うけどな」
ミキは一男の言葉に、少し顔を上げてうなずいた。
「ミキは姉ちゃんに会ってみたい思わんがか?」と一男が言うと
ミキは一男のほうに顔を向けて「うん、会うてみたい」とはっきりと応えた。
その様子に一男は、いつもの明るいミキに戻ったように感じて
「おう、今はそれだけでいいと思うわ、後のことは会ってから考えればいい思うし、
なんも難しく考えんでいいがや」と言って一男は優しく笑った。
「それに相手の親御さんも良い人みたいやし、心配せんでいいがや、なんならわしが
一緒について行ってやろうか」とミキを子供扱いするように言うと
「うんん、ひとりで大丈夫や、兄ちゃんありがとね」と言って笑顔を返した。
 その後、ミキは、姉に会いたい思いをじいちゃんに伝え、アキ宛の手紙を書いた。
 そして、手紙のやり取りを重ねるなかで、年の瀬にミキが綾乃家を訪れることに
決まった。
      ( おわり )


       






        再 会

 年の瀬を迎え寒さも厳しさを増す頃、雪は静かに降り始めていた。
   ある日の夕方
「お父さん、今日、うちに来るがやね、山本ミキさん。今夜は雪が積もりそうやね、
無事にこれるがかね」
「うん、大丈夫やろ、住所と店の名前も教えてあるさけ。それに行燈の明かりも付け
とけば分かるやろ」
「そうやね、大丈夫やね」といいながら、アキとミキの再会の日を迎え、父も母も
落ち着きがなかった。
アキは、時折玄関先に出ては、外の様子を見ては自分の部屋にもどるを繰り返して
いた。アキも気持ちに落ち着きがなかった。
雪は降り続き、日はとっぷりと暮れた頃、玄関の扉をたたく音がした。
アキは、小走りに玄関に向かい、扉をあけた。
くらい雪景色のなかに人影があった。
その人影は「中村ミキと申します」と静かに応えた。
アキはすぐに、家の中に招き入れ、服に積もった雪をはらうのを手伝っだった。
そして、ミキはかぶっていた頬かぶりを取ると、ようやくお互いの顔を見ることが
できた。
アキはすぐに不安な気持ちが喜びに変わっていった。
やっぱり、あの時の娘さん。ふしぎな高揚感につつまれていた。
その時、居間のほうから父の声が聞こえた。「見えたんけ」
「はい、今そちらへ」アキは、ミキのほうに顔を向け笑みを浮かべながらうなずいた。
 ミキがそれに応えるように頷くと、アキは居間に向かい、その後をミキは続いた。
 居間では両親が並んで座って待っていた。
アキとミキの二人は居間に入ると、両親と向かい合うように並んで座った。
 両親は共にミキのほうを見つめていた。
 髪の長さは肩くらいまでと短く、髪を後ろに束ねて留めていた。そして、
肌は日焼けで色黒ではあったが、それ以外は、アキとそっくりだった。
 父と母は顔を見合わせてから、父が安心した様子で話し始めた。
「遠いとこ、よう来てくれたね」
少し間があり「はじめまして、中村ミキと申します」と小さく頭を下げた。
「うん、よう来てくれた、今日はゆっくりしていけばいいが、泊まってい
けばいいがいね」と父が言ってくれたことが嬉しくて、二人は揃って「
ありがとうございます」とお辞儀をした。
アキは喜びを抑えきれずにミキのほうを見てほほえんだ。ミキはまだ緊張している
ようだった。そしてあきはミキの手を取り「私の部屋いきましょうか」と誘った。
 二人は廊下をしばらく進んだところで、左側の障子の扉を開けて中に入ると、
新しい畳の香りと甘い香りが鼻をついた。
 明かりが灯され、ゆっくりと目が慣れてくると部屋の様子がわかってきた。
部屋の中には、箪笥、鏡台、座面の机があった。そして、壁の際には艶やかな花柄
の着物がかけられていた。
アキは「ここが私の部屋やよ、その辺、座ってね」というとふたりは正座で向き合う
ように座った。
 自然と目が合い、しばらく見つめ合っていた。
 アキはまた本当に逢えたんだという喜びが込み上げてきていた。
そして、アキのほうから「改めて、初めまして、綾乃アキです」と笑顔を向けた。
 すると「ミキです」と目を伏せてちょこんと会釈した。ミキはまだ緊張している
ようだった。
 アキは落ち着いて話しを続けた。
「ミキさん、覚えとるかなぁ、私ら以前会っとるがよ。覚えとる?」
 ミキは「えっ」といった表情でアキを見つめたままでいた。
「二ヶ月くらい前に、偶然 … 浅野川の橋の上で、会うとるんやけど、覚えとるけ
?」アキはミキの反応をみながら話しを続けた。
「ほら、あん時、私の草履の鼻緒が切れてしもて、ミキさんが直してくれたんやよ
、覚えとらんけ?」すると、ミキの顔が驚きの表情に変わった。
「あっ、あん時のお嬢さん、やね」
「うん、そうや、あん時私ら会っとったがよ」二人は偶然出会えていたことに興奮
していた。アキはこれまでのいろいろな思いが込み上げてきて、涙を浮かべながら
「あん時は、お礼も言えんでごめんやよ、ほんにありがとう」というと、ミキは、
ようやく緊張がほぐれて、出会った時のことを回想しながら「双子でなかったら、
気づくことも、また会うことも出来んかったやろうね」と再会したことに運命の
ようなものを感じていた。
 その後もおしゃべりは続いた。これまで会えずにいた時間を埋めるかのように、
思いつくままいろんなことを話して過ごした。やがて、並べて敷かれていた布団に
入り、しばらくは会話も続いたがいつのまにか眠りについていた。

 降り続いていた雪は止み、東の空が白々となり始め、雨戸の隙間からうっすらと
日差しが差し始める頃
 アキは布団の中で、隣りに妹の存在を感じながら、部屋の中が明るくなっていく
のをぼんやりと眺めていた。
 一方、ミキはほとんど眠れずに、昨夜までの出来事が繰り返し頭の中を駆け巡っ
ていた。そして、布団から身体を起こして帰り支度を始めた。
 ミキの様子に気付いたアキは、驚いたように起きあがり「どうしたが、お手洗いけ
?」とアキは静かに聞いた。
ミキは首をよこに振ったあと「帰るさけ」と返した。
アキは少し慌てた様子で「まだ暗いのにどうしたん?」
ミキは帰り支度の手を止めて「こちらに来させてもろたんは、確かめいことがあった
さけや。あたしには姉がおるがやいうこと、自分の目で見るまでは信じられんかった。
でもアキさんに会えてそんな心配いっぺんで吹き飛びました。だってこんなに似とる
んやもん。今回来させてもろて、ほんに良かったと思っとります、感謝しとります。
でも、… うん、うまいこと言えんし、帰りますさけ」と言って帰り支度を続けた。
 アキは慌てていた、どうにか引き止めたかった。
「お昼頃に帰ればいいやろ、駅前に喫茶店ができたがよ、一緒に行かんけ」
 アキは立ち上がり、壁寄りにかけてあった着物を手にとると「これ持っていって
、ミキさんにあげるから持っていって、きっとミキさんにも似合うはずやから」と
手渡そうとするが、ミキは首を横にふりながら「これは頂くわけにはいかんがです」
と着物のうえに手をそえた。
すると廊下のほうから「アキ、ミキさんを見送ってあげまっし」と母の声が聞こえた。
ミキは部屋の扉を開けて玄関に向かった。アキはその後を追っていった。
ミキは玄関で長靴を履いたところで「このへんで、帰りますさけ」
アキはミキの腕を掴んで「えっ、もうちょっこ先まで送らしてくれんけ」というと
ミキは「外は人目につくさけ、このへんで失礼します」とアキの腕を払うようにして
、玄関の扉を開けると急ぐように出ていった。
「待って」アキは草履を履こうとするが慌ててしまってうまく履けない。裸足のまま
ミキの後を追って玄関先に出たが、雪に足を滑らせて転んでしまった。
 ミキは薄暗い通りの先に見えなくなっていった。
 その後を追って来た母は、通りに座り込んでいる娘を後ろから抱きしめるように
して追いかけようとするのを止めた。
アキは母の腕を抱えて泣きくずれていった。
雪の積もった通りには、ミキの残した足跡だけが続いていた。

 ミキは、まだ薄暗い雪道をひたすら歩き続け駅に向かっていた。
そして、田舎に向かう能登方面行きの汽車に乗り込むと座席に座り、一息つきながら
昨夜の出来事を思い起こしていた。
 アキに会えたことが嬉しかった。双子の姉がいたことがとても嬉しかった。でも、
今は、なぜそばにいたはずの姉は遠いところに暮らしているのか、十四年もの歳月
が流れて遠い存在になってしまった気がしていた。その時間はもう元に戻すことは
出来ないのだと、変えることは出来ないことなのだと、悔しくていたたまれない気持ち
が込み上げていた。
 会いに来なければよかったのかもしれない、そんな気持ちになっている自分に腹が立
ち自己嫌悪に包まれていた
 汽車が出発して、田舎の最寄り駅に到着するまでの間、ずっと昨夜の出来事が頭の中
を駆け巡っていた。
 最寄りの駅に到着したミキは、真っ直ぐ自宅に向かわずに、従兄弟の一男の家に向か
った。黙々と下を向いて歩いていた。従兄弟の家が見えてきて、よく見ると、従兄弟の
一男がこっちを向いて立っている。
「おう、無事に帰ってきたけ」一男は笑顔で迎えてくれた。
 ミキは、一男に駆け寄り胸にしがみ着くようにして泣き叫んだ。
 一男はびっくりして「おう、どうしたが」と戸惑いながらも肩を受け止めると、ミキ
の身体は熱く震えていた。
 何があったのかは分からなかったが、余程のことがあったのだろうと感じ、それ以上
何も言わずにミキを優しく抱き寄せていた。

 一方、アキは自分の部屋に戻り、泣き疲れて眠ってしまっていた。
眠りのなかで妹のミキと過ごした時間を思い起こしていた。
昨夜の出来事は、あれは夢だったのだろうか、くりかえし頭の中を駆けめぐっていた。
どれくらい時間がたったのだろうか、日差しが高く上がり部屋の中にも明るさと温か
さが増していった。
アキは布団から身体を起こすと、泣き腫らした目を開け、部屋の中を見渡すと、となり
に布団が敷いてある。
確かに昨日、ミキがここにいた。夢なんかじゃない、会いにきてくれたんだと。
布団の中で喜びを噛みしめながら、ふと、となりの布団の枕元に目をやると、そこに
見慣れないものがあること
に気がついた。
布団から抜け出して近づいて見ると、それは手袋だった。赤茶色の、手編みのミトンの
手袋である。
それは、間違いなく私のものではなく、母のものでもなかった。そして、それは妹の
忘れていった手袋だと気づいた。
どうしよう、今から追いかけても間に合わない、忘れたことに気づいて戻ってきてくれ
るだろうか。慌てる思いとは裏腹に、その忘れ物がうれしかった。
アキは手袋を両手に抱きかかえながら、確かにここに妹がいたことに喜びを感じると
同時に、また会えるかもしれないという思いが溢れてきた。
     ( おわり )

      

     暖かな春を待ち侘びて

 新しい年を迎え、雪が大地を覆いつくす厳しい寒さにじっと耐え、暖かな季節の
訪れを待っていた。
 冬の寒さも峠を越えた頃、雪の積もった中庭を望む縁側には、心地良さそうに日
差しを浴びながら本を読むアキの姿があった。座布団に座り、その膝の上には、
ミキが忘れていった手袋があった。
 妹のミキが訪ねてきた日から、妹のことを話題にすることはなかった。
 母は、時折寂しそうに遠くを眺める娘の姿を気にかけていた。
 買い物から帰ってきた母は、縁側に娘の姿を見つけると、立ち止まってしばらく
様子を見ていたが、歩み寄りながら声をかけた。
「あれ、そこにおったが、ただいまや、暖ったこなってきたね」
「はっ、おかえりや、お母さん」と母を見ながら本を閉じた。
母はアキの隣に座ると「はい、これ。一緒に食べまっし」といって、アキの手のひら
に紙袋を載せた。
手のひらに載せたアキは「わあ、あったかいがいね。何?」と聞くと、母は嬉しそう
に「たい焼きやよ」と返すと、アキは一変に笑顔になった。
  二人は中庭を眺めながら、至福の時間を過ごした。
しばらくして母は、前から気になっていたことを話しはじめた。
「その手袋、かわいいがいね、いつ買うたが?」と母はさりげなく尋ねた。
いつからか、肌身離さず、出かける時はいつも持ち歩いている様子だった。
アキはたい焼きを食べる手を止めて、膝の上にある手袋を見つめ軽く握りしめてから
「妹の忘れもんやよ」と応えた。
 母は「そうやったがいね」といって娘の顔を見ると、悲しそうな表情に変わった
ように見えて、その後の言葉が見つからずに黙ってしまった。
 アキも少し気まずい思いからしばらく黙っていたが「あのな、お母さん、私は今
のままで十分や、ありがたいと思っとります。お父様がおって、お母様がおって、
一緒に暮らせとるんやし、幸せもんや。これ以上望んだら、バチが当たるわ」と
母に笑顔を見せてから中庭のほうに視線を移した。
 母は「そうやね、アキに出会えてお父さんも私もたくさんの幸せもろうてきた
がいね。あんたがここに来てからこの家明るうなったんや。小さくて、かわいくて
、あのお父さんがでれでれやったんよ。それが今は … 大きゅうなったがいね」と
しみじみアキを見つめて母は微笑んだ。そして、
「でもね、遠慮なんてせんでいいがや、わたしとお父さんことなら大丈夫や。
あんたが二歳になってからのことならいくらでも教えてあげられるけどや、
あんたが二歳になるまでのことはなんも知らんのや。ほやさけ、いってらっ
しゃい、妹さんに会いに、あんたが生まれた時のことを知っとる人がおるなら
会って、たくさん話し聞かせてもらいまっしね」
アキは母の言葉が申し訳ないくらいにうれしかった。抑えることのできない
涙がぽろぽろと溢れてきて、涙でぐしょぐしょになりながら「ありがとうね」
と応えた。
母はアキを抱き寄せながら「それから、必ず帰ってきまっし。ここがあんたの
家なんやから」と言われ、アキは泣きながら笑顔で頷いた。
 翌日、アキはミキ宛に手紙を書いて送った。
今度は、ミキの住む、アキの生まれたふるさと能登へ行くことに決まった。
   ( おわり )

     






           ふるさとを辿る旅
          冬が去り、春を迎えて桜の舞い散る頃


 日差しの穏やかな朝を迎えた綾乃屋の玄関には、旅に出るため身支度を整える
アキの姿があった。
台所から母が見送りに出てきた。
「はい、お弁当や。汽車ん中で食べまっし」
「ありがとうお母さん、ほんなら行ってくるさけ」
アキは明るい表情で挨拶を済ませると、玄関の扉を開け駅に向かって歩いていた。
駅に向かう途中で振り向くことはしなかった、泣きそうな思いを抑えるのに精一杯
だった。
母は玄関先まで出たところで、旅立つ娘の背中を見送った。
娘の背中を見送りながらいろいろなことを想い起こしていた。そういえば最近、
私より大きくなったようねとか、一人旅ははじめてだけど大丈夫かしらとか思いな
ながらも、娘の成長を感じられて嬉しかった。
 娘を見送った後、居間に戻ると、煙草入れがいつものところにないことに気づいた。
お父さんも起きていたのなら、娘の見送りくらいしてくれても良かったのにと思いつつ
、どこにいるのか気になり居場所を探した
 父は縁側から庭を眺めていた。
「あら、こんなところにおったんやね」母は父に歩み寄り、父に寄り添うように
横に立って、同じ庭を眺めた。
父は「うん、アキはもう出掛けていったがか」
「ええ、元気に出掛けていったがです」と母
「うん、ほうか」と父
 二人は静かに同じ庭を眺めていた。
そして、母が「あの桜、アキがここにきた時に植えた桜の木やね、大きなりましたね」
というと「うん、大きゅうなったがやな」と父は頷いた。
 母は父の顔を見上げて「ひょっとしてやけど、養子のこと、アキに伝えたこと後悔
しとるがやか?」と問いかけると、父は
「うん、いや … いつかは伝えんなんと思うとった。後悔はしとらんがや。ただな、娘
の秘密を抱えて生きとるいう思いがいつもどっかにあってな … 母さんも同じなんやな
いけ。時折、娘の人生をかえてしもうたんじゃないがやろうかって …」父はそこで黙っ
てしまった。そして、母が
「ほうやね、娘の人生を変えてしもうたんかもしれんがやねえ。けど、それは私も同じ
ですよ。アキに出会えて人生が変わったんや、目の前がぱっと明るうなった思いがして
、出会えてほんに良かったって、お父さんもおんなじ思いやないがですか」
「親バカかもしれんけど、アキは素直で優しいええ子に育ってくれたわいね。その子が
これから出す答えを信じてあげてもいいがやないですか」と母は言い切った。
父は母を見て「うん、そうやな」と母の言葉に救われた思いがして頷いた。

 一方、金沢駅に到着したアキの思いはすでに、まだ見ぬふるさとへと向かっていた。
切符を購入し、汽車に乗り込むと窓際の座席に座った。汽車で行くひとり旅は初めて
で少し緊張していた。出発まで、まだ少し時間がある。
 あたりを見渡しながら、忘れ物はないだろうかと思いつきカバンを開けた。中には、
母が持たせてくれたお弁当、妹のミキが忘れていった手袋そして、待ち合わせ場所が
書かれてある手紙。うん、これで大丈夫
とその時、発車を知らせるベルがホームに鳴り響き、アキは一気に緊張感に包まれて
いった。いよいよふるさとへと向かう旅が動き出したのである。
 汽車はゆっくりと車体を揺らしながら北に向かい動き始めた。しばらくすると右側
の窓から朝日が刺して、車内を明るく照らしていった。アキは、朝日を浴びながら
汽車の揺れに身を任せていると緊張が和らいでいく心地良さを感じていた。
 どんな時でも、お腹は空く。母が持たせてくれたお弁当をカバンから取り出し、
手に取ると、まだ温かい。自然と笑みが溢れてきた。
 これが旅の楽しみのひとつ。アキはにんまりとしながら包みを開けると、中身は、
おにぎりが二個とお新香が入っていた。心よく見送ってくれた母に感謝しつつおにぎ
りを頬張った。
 汽車は走り続け、アキの知る街並みを抜けて、見知らぬ風景へと移り変わって行く。
海沿いを走り、山間をすり抜けて、いくつもの田畑を横目に通り過ぎていった。
 ようやく到着したのは終点の駅だった。駅を降りてあたりを見渡すと、見知らぬ土地
、見知らぬ人たち。アキは、ずいぶん遠くに来たんだなと感じていた。
カバンから手紙を取り出し、手書きの地図を見ながら、乗り換え場所を間違えていない
か確認した。うん、ここで大丈夫と自分に言い聞かせて、駅前からバスに乗り換えて、
待ち合わせのバス停に向かった。
 バスは、更に海沿いを走り続けていった。
今、辿っている道のりは、おそらく十四年前にも通ったであろう道。
生まれ育ったふるさとにもうすぐ辿り着く。期待と不安が入り混じって、胸は高鳴って
いった。そして、ついに待ち合わせのバス停に辿り着いた。
バスを降りて、あたりを見渡すと、誰もいない。
 アキは少し不安になり、またカバンの中から地図を取り出して待ち合わせ場所を確認
した。待ち合わせ場所はここで間違いない。約束どおりに、バス停で待つことにした。
 降り立ったバス停は山の中腹にあり、まわりに樹々が覆い茂っていて、山の下のほう
に目を向けると樹々の隙間から海が見えていた。それ以外、何も見当たらない。
 家を出てから、どのくらい時間が経ったのだろう。陽は高く上がり、もうすぐお昼
を迎える頃だろうか。このまま誰も迎えに来てくれなかったらどうしようと考えている
うちに、また不安な気持ちになっていた。
 アキは、ここで待つしかないと思いつつ、改めてまわりを見渡し、バスの走り去った
方角に目を向けると遠く奥のほうに小さく水平線が見えていることに気づいた。
 なんとなくその方向に向かって歩いていくと、視界が開けていって水平線の下の方に
山の斜面が見えてきた。よく見ると田んぼが連なっていることがわかった。もしかすると
誰かいるかもしれないと思い、歩みを進めた。すると、その風景の中から人影がこちらに
近づいてくるのが見えた。その人影はこちらに手を振りながら「おーい」と呼んでいる
ように聞こえて、その人影は近づいてくると間違いなく妹のミキだとわっかた。
 アキは、また会えた、ようやく会えたんだという思いが溢れて、思わず駆け出していた。
 ミキは笑顔で「遠いとこ、ようきてくれたちや、疲れたやろ」
「ううん、全然大丈夫や」とアキも笑顔で返した。
そこへ、ミキの後からひとりの男の人が駆け寄ってきた。
ミキは「従兄弟の兄ちゃん」と紹介してくれた。
アキは戸惑いながらも「初めまして、アキと申します」とペコリと会釈した。
すると従兄弟の兄ちゃんは「こんにちは、わしは一男や。ほー、やっぱりよう似とるな。
それと、初めましてやないさけ、久しぶりや、アキちゃん大きなったな」といって笑顔
を見せてくれた。
 アキは、そうか、私が赤ん坊だったから覚えていないだけで、私は今、ふるさとにいる
んだと思えてうれしかった。
 そして、三人は、山の斜面に連なる田んぼの中へ入っていき、畦道を縦に並んで進ん
でいった。少しひらけた場所にでるとゴザが敷いてあり「アキさん、ここで待っとって
」と言い残すと、ミキは従兄弟の兄ちゃんと田んぼの中に入っていった。
 二人が向かった先には水の張られた田んぼがあり、6〜7人の人たちが作業をして
いる様子が見えた。聞き取れはしないが時折笑い声と会話が聞こえてくる。
 そこに二人はまざっていった。
 アキはひとりゴザに座り、柔らかく暖かな日差しに包まれて、ほっと一息ついてから
まわりの景色を見渡した。
 正面には海が広がり水平線が遠くのほうにくっきりと見えていた。振り向くと背後に
山が迫り斜面には小さな田んぼが海の近くまで連なっている。その中を縫うように小川
が流れ、足元まで続いていた。
 聞こえてくるのは、打ち寄せる波の音と小川のせせらぎ。そして、時折きこえる蛙の
鳴き声。
 思わず深呼吸をすると微かに塩の香りがした。
 アキは、そんな中に身を委ねていると、懐かしさのようなものを感じ始めていた。
 ここが私のふるさと、頬を撫でる風が心地よかった。
 
 アキは一人、ふるさとの心地良い空気に包まれてたたずんでいると、話し声がこちら
に近づいてくることに気づいた。
 田んぼの畦道をつたってこちらに近づいてくる。その中にミキの姿もあった。
 田んぼから上がった人たちは、小川で足や手を洗い、アキの座っているところ
から少し離れた場所にゴザや手拭いを敷き、各々持ち寄った食べ物や飲み物を
ひろげて座った。
 ミキも小川で足を洗い、小川の中に置いてあったガゴを取り出してアキの横に
座った。カゴの中にはトマトときゅうりが入っていた。
「はい、これうちで採れたやさいや、冷えとるさけ、うまいよ」
 ミキはきゅうり一本をアキに手渡した。
「ありがとう」と言いながらもアキは、きゅうり一本を渡されて戸惑っていた。
その様子を見かねたミキは、きゅうりの端を噛み切ってからかぶりついて見せた。
あきは少し驚きながらもミキを真似てきゅうりを頬張ると、瑞々しさが溢れてきた。
「おいしいわ」とアキが言うと、ミキは
「そうやろ」と言って、ふたりは笑顔になって食べ続けた。
 ミキは食べながら「今日は田植えの手伝いにきとるんや、みんな親戚や近所の人ら
やさけ、私たちのことみんな知っとるちや」というとアキは、まわりにいる人たちに
目を向けた。すると、年配の男の人がこちらに近づいて来るのが見えた。
 その男の人は「よう来てくれたちや」といいながら、おにぎりと漬物が入った器を
ミキに手渡した。
 そして、アキの顔をじいっと見つめてから「ほ〜っ、やっぱ似とるちや。二人とも
母ちゃん似やな、顔はちょっと青白いがやけど元気そうでなによりや、良かった、
良かったちや」としわくちゃな笑顔を見せながら、少し涙を浮かべていたように
見えた。
「双子でもこうして元気に育っとるんやさけ迷信は、やっぱり迷信やな」と言って
から、男の人は元いた場所に戻って行った。
 アキがミキのほうを向くとおにぎりを渡しながら「あれはうちの爺ちゃんや、爺
ちゃんと婆ちゃんと三人で暮らしとるんや、あまり裕福やないけれど幸せやよ。
それに親戚や近所の人たちが、何かとちからになってくれるさけ、ほんと助かっと
がいね」
 アキは改めてまわりにいる人たちに目を向けると、時折笑顔を向けてくれている
ことに気がついて少し照れ臭かった。
 ここには私が生まれた頃のことを知ってくれている人がいて、この雰囲気のなか
で生まれ育ったんだと思うとなんだかうれしかった。
 ミキはしばらく下を向いて黙り込んでいたが、顔を上げると静かに話し始めた。
「あのな、父ちゃんと母ちゃんのことなんやけど・・・あたしたちが2歳くらいの
時に事故で亡くなったんやって。二人で山の仕事に出掛けていって、秋も終わりを
向かえる頃だったんやけど、雪が降ってきたんやって、それが季節外れの大雪んな
って、山を降りる途中で、足を滑らせたみたいや…」
 アキは食べる手が止まりうつむいたまま静かに聞いていた。
「でもね、その時まではあたしたち、一緒に暮らせとったんや、父ちゃんも母ちゃん
も、ずっと一緒に暮らしていこうって決めとったんやって。双子やさけって、反対の
声もあったみたいやけど、ずっと一緒に暮らすって・・・」
 ミキは声を詰まらせそれ以上言葉にすることはなかった。
アキもミキも目にいっぱいの涙を浮かべながらかぶりついたおにぎりは、いつもより
しょっぱく感じた。
 アキは、喜びに包まれていた。 父と母の思いを知れたこと。そして、この喜びを
分かち合える妹が目の前にいることにしあわせを感じていた。
 父さん、母さんありがとう。たくさんのことを知ることができた旅になりました。
 素晴らしい出会いと風景、ふるさとに感謝です。
 私の人生は、まだまだこれからです。
 明日へ一歩、迷わずに進んでいきます。
「あっ、そういえば」と言ってアキは、忘れ物を届けにきたことを思い出した。
 おもむろにカバンを開けて手袋を取り出すと
「はい、忘れものやよ」といって、ミキの目の前に差し出した。
 ミキは驚いた顔になって「あれ、なんでや、汽車ん中に忘れてきた思うて、諦め
とったがに」
 それを聞いていた一男が「ミキ、見つかって良かったなあ」と声をかけると、みん
な笑顔で見守ってくれていた。
 ミキは手袋を手を合わせるように抱え「姉ちゃん、ありがとうな」と笑顔で言った。
      ( おわり )


      手 紙  

 翌る日、呉服問屋綾乃屋には、商いに精を出すアキの姿があった。
 いつもの日常が戻ってきていた。
 帰ってきたアキの様子をじっと見つめていた母は、父の横にきて「お父さん、アキが
無事に帰ってきて良かったわいね。なんか、以前よりも明るくなったような、大人ん
なった感じ、せんけ?」とつぶやくと
「うん、そうやなぁ、そうかもしれんなぁ」父も、娘の存在が大きくなっているように
感じていた。
 それから数日後、「こんちは、郵便で〜す」
「は〜い、ご苦労さん」玄関先で母は郵便物を受け取り、その中にアキ宛の手紙を見つ
けて裏書きを見ると、ミキの名前が書いてあった。
 母は、奥の部屋にいるアキのところに向かい、その手紙を手渡した。
 アキは手紙の差出人を確認すると、母に笑顔を見せてから、手紙を胸に抱えるように
して縁側に向かった。縁側に座ると、手紙の封を切り便箋を取り出して読み始めた。



 前略  綾乃アキ 様

 先日は遠方よりお越しいただき、ありがとうございました。
私にとって夢のような時間、アキさんとともに過ごさせて
いただいたことにとても感謝しています。
今、思い起こしてみても夢のようで不思議に思えてなりません。
これは両親が私たちに残してくれた宝物なんだって思っています。
あれから、祖父母や近所の人たちからいろんな話しを教えて
もらいました。
両親の人柄や私たちが生まれた頃のことなど、そのなかに私たち
の名前に由来があることを教えてもらいました。
それは、私の名前のミキは漢字にすると「未来」と書きます。
そして、姉さんの名前のアキは「明」という漢字になります。
その二人の名前を合わせると「明るい未来」になります。
両親は、私たちの名前にそんな思いを託していたんです。
家族4人で暮らすと決めて、子供たちの未来が明るいものになって
ほしいという思いを込めてつけてくれたんだと教えてもらいました。
 姉さんと私はこれまで通り、それぞれ別の人生を歩んでいくわけ
ですが、これからは、両親が私たちの名前に込めた思いを胸に生き
ていこうと思います。そうしていくことで、いつでも両親や姉さん
を近くに感じられる気がしています。
話したいこと、伝えたいことが尽きません。
いつかまた会ってたくさん話しましょう。またお会いできる日を
楽しみにしています。
それまでお元気で、ご自愛ください。
 追 伸
同封した髪留めは、母が使っていたものです。
私もお揃いで持っています。

    「 完 」    


おわりに
「つむぐ人」というタイトルは、多くの日本人のことを指しています。
日本人の中には人生をつむぐようにして丁寧にそして、精一杯生きた人がたくさんいた
からこそ、その積み重ねが今の日本の文化や伝統を築き、受け継がれてきたんだと思います。
その日本人の生き方が今、世界のみなさんを魅了するカタチとなって、素晴らしい評価
を受けているんだと思います。
それは日本人が誇りに思っていいことだと私は思っています。
日本人の生き方には、これまで受け継ぎ育んできた思いがあり、これからもつむぐように
して人生を生きていくのでしょう。だとすれば、
その未来は、日本人が生きる喜びを実感できる世の中になってくれることを願っています。