天也の視線が、静かに芹を捉えている。
何かを見透かされているようで、けれど同時に、ただ怪我の有無を確かめようとしているだけのようにも見える。
「……怪我は?」
芹はようやく我に返ったように、小さく首を振った。
「だ、大丈夫、です……」
声がわずかに上擦る。自分でも情けないと思うほど、緊張していた。
天也はそれ以上何も言わず、芹から視線を外す。
必要以上に関わるつもりはない、という意思のようにも見えた。
(……この人は)
本当に、あの夜の――
そこまで考えかけた、その時だった。
「いやぁ、間に合った間に合った」
場違いなほど明るい声が、背後から割り込んできた。
芹はびくりと肩を揺らし、振り返る。
そこにいたのは、見慣れない青年だった。黒い装束を纏っている天也とは違い、深緑の狩衣を着ている。肩の力の抜けた立ち姿に、人懐こい笑みを浮かべている。
整った顔立ちをしているのに、それを誇るような気配はなく、むしろその軽やかさが周囲の空気を柔らかくしていた。
「天也、今のほんの少しでも遅れてたら危なかったよ」
青年はひらりと手を振りながら、天也の隣へと並ぶ。天也はちらりと一瞥し、短く吐き捨てる。
「遅れていない」
「はいはい、そういうことにしておくよ」
あっさりと受け流すその調子に、芹は思わず目を瞬かせる。
この二人の間には、すでに決まった距離のようなものがあるらしかった。
青年はふと芹の方へと視線を向ける。目が合うと、にこっと笑った。
「大丈夫? 顔、だいぶ青いけど」
まるで以前から知っているかのような自然さで声をかけられ、芹は一瞬言葉を失う。
「え、あ……はい……」
「ほんとに? 無理してない?」
屈んで視線を合わせてくる。その距離の近さに驚いたが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「助けてくださり……ありがとうございます」
どうにかそう言うと、青年は一瞬だけ目を丸くし、それから小さく笑った。
「俺は杏樹。百舌鳥杏樹っていうの」
軽く名乗るその声音は、やけに耳に残った。続けて天也の方を見やる。
「で、こっちは――」
「神威天也だ」
言葉を重ねるように、短く名乗る。
芹は慌てて頭を下げた。
「縹芹と申します」
名乗り終えると、杏樹が「ふうん」と小さく息を漏らす。
じっと見つめられて、芹は少しだけ落ち着かない気持ちになる。けれど、その視線はどこか柔らかく、まるで何かを確かめているようでもあった。
「……なるほどね」
ぽつりと、独り言のように呟く。その響きが、ほんのわずかに引っかかった。
(今の……)
何かを知っているような。そんな気配が、ほんの一瞬だけあった気がした。けれど、すぐに杏樹は笑顔を浮かべた。
「あ、そうだ」
ぱん、と手を軽く打つ。
「ねえ、芹ちゃん」
自然に名前を呼ばれて、芹は思わず顔を上げる。
「はい」
「お礼ならさ、お茶でも付き合ってよ」
屈託のない笑顔だった。
「芹ちゃんと、もうちょっと話してみたいし」
あまりにも気軽で、押しつけがましさのない誘いだった。
芹は一瞬戸惑い、それからふっと小さく息をつく。張り詰めていたものが、ほどけていく。
「……はい」
自然と頷いていた。その様子を見て、杏樹は満足そうに目を細める。
「よかった」
その一言が、妙にあたたかかった。
そして、ほんの一瞬だけ。その視線が、芹ではなく天也へと向けられる。
何かを確かめるように。あるいは、思い出すように。けれど、その意味を読み取る前に、杏樹はくるりと背を向けた。
「じゃ、行こっか」
その背中を見送りながら、芹は胸の奥に残る違和感をそっと抱え込む。
まだ何も分からない。けれど、この出会いが、ただの偶然ではないことだけは、なぜかはっきりと感じていた。
何かを見透かされているようで、けれど同時に、ただ怪我の有無を確かめようとしているだけのようにも見える。
「……怪我は?」
芹はようやく我に返ったように、小さく首を振った。
「だ、大丈夫、です……」
声がわずかに上擦る。自分でも情けないと思うほど、緊張していた。
天也はそれ以上何も言わず、芹から視線を外す。
必要以上に関わるつもりはない、という意思のようにも見えた。
(……この人は)
本当に、あの夜の――
そこまで考えかけた、その時だった。
「いやぁ、間に合った間に合った」
場違いなほど明るい声が、背後から割り込んできた。
芹はびくりと肩を揺らし、振り返る。
そこにいたのは、見慣れない青年だった。黒い装束を纏っている天也とは違い、深緑の狩衣を着ている。肩の力の抜けた立ち姿に、人懐こい笑みを浮かべている。
整った顔立ちをしているのに、それを誇るような気配はなく、むしろその軽やかさが周囲の空気を柔らかくしていた。
「天也、今のほんの少しでも遅れてたら危なかったよ」
青年はひらりと手を振りながら、天也の隣へと並ぶ。天也はちらりと一瞥し、短く吐き捨てる。
「遅れていない」
「はいはい、そういうことにしておくよ」
あっさりと受け流すその調子に、芹は思わず目を瞬かせる。
この二人の間には、すでに決まった距離のようなものがあるらしかった。
青年はふと芹の方へと視線を向ける。目が合うと、にこっと笑った。
「大丈夫? 顔、だいぶ青いけど」
まるで以前から知っているかのような自然さで声をかけられ、芹は一瞬言葉を失う。
「え、あ……はい……」
「ほんとに? 無理してない?」
屈んで視線を合わせてくる。その距離の近さに驚いたが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「助けてくださり……ありがとうございます」
どうにかそう言うと、青年は一瞬だけ目を丸くし、それから小さく笑った。
「俺は杏樹。百舌鳥杏樹っていうの」
軽く名乗るその声音は、やけに耳に残った。続けて天也の方を見やる。
「で、こっちは――」
「神威天也だ」
言葉を重ねるように、短く名乗る。
芹は慌てて頭を下げた。
「縹芹と申します」
名乗り終えると、杏樹が「ふうん」と小さく息を漏らす。
じっと見つめられて、芹は少しだけ落ち着かない気持ちになる。けれど、その視線はどこか柔らかく、まるで何かを確かめているようでもあった。
「……なるほどね」
ぽつりと、独り言のように呟く。その響きが、ほんのわずかに引っかかった。
(今の……)
何かを知っているような。そんな気配が、ほんの一瞬だけあった気がした。けれど、すぐに杏樹は笑顔を浮かべた。
「あ、そうだ」
ぱん、と手を軽く打つ。
「ねえ、芹ちゃん」
自然に名前を呼ばれて、芹は思わず顔を上げる。
「はい」
「お礼ならさ、お茶でも付き合ってよ」
屈託のない笑顔だった。
「芹ちゃんと、もうちょっと話してみたいし」
あまりにも気軽で、押しつけがましさのない誘いだった。
芹は一瞬戸惑い、それからふっと小さく息をつく。張り詰めていたものが、ほどけていく。
「……はい」
自然と頷いていた。その様子を見て、杏樹は満足そうに目を細める。
「よかった」
その一言が、妙にあたたかかった。
そして、ほんの一瞬だけ。その視線が、芹ではなく天也へと向けられる。
何かを確かめるように。あるいは、思い出すように。けれど、その意味を読み取る前に、杏樹はくるりと背を向けた。
「じゃ、行こっか」
その背中を見送りながら、芹は胸の奥に残る違和感をそっと抱え込む。
まだ何も分からない。けれど、この出会いが、ただの偶然ではないことだけは、なぜかはっきりと感じていた。

