白銀鬼譚 -星見の巫女姫は愛をほどく-

 何度、春を越えただろう。
 何度、運命の糸を見つけただろう。
 芹はもう、数えていなかった。
 戻った過去に、今の天也はいなかった。芹を見て、静かに痛みを抱く天也はいない。杏樹も芹をからかって「芹ちゃん」と笑う杏樹ではなかった。
 愁もまた、何も知らない顔で芹のそばにいた。
 それでも芹は、見つけた。白銀が巣食う前の小さな歪みを。愁の孤独を。杏樹の選べなかった未来を。天也の背負う宿命を。ひとつずつ、ほどいていった。
 ひとり泣きながら、何度も間違えながら。それでも、歩き続けた。
 そして――。

 翡翠の桜が、春風に揺れていた。
 婚儀の庭には花弁が舞っている。
 白無垢を纏った芹は、隣に立つ男の気配を感じていた。
 何度目かの式。けれど、この式だけは初めてのものだった。
 愁は笑って芹を送り出してくれた。
 杏樹は少し離れた場所で、退屈そうに欠伸をしている。けれど芹と目が合うと、優しく微笑まれた。
「――お前が私の花嫁か」
 低く艶のある声に、芹の胸が震える。
 隣の男は、芹の名しか知らない。けれど、それでいい。ここからまた始めればいいのだから。
 芹は紅が引かれた唇を綻ばせた。
「縹芹、と申します」
「それは知っている」
 天也は声を押し殺すように笑い、芹の左手を掬い上げた。
 そして、片膝をつく。あの日と同じように。
「幾久しく、宜しく頼む」
 手の甲に、柔らかな熱が灯る。
 芹は涙を堪え、笑った。
「この命尽きるまで、お側に」
 天也の瞳が、ほんのわずかに揺れた。
 まるで、遠い記憶の欠片に触れたように。
 春風が吹き、翡翠の桜が舞う。
 芹は天也の手を握り返した。
 今度こそ、結ぶために。
 ほどいてきたすべての愛の先で、もう一度、この人と歩くために。