「俺も、時を渡っている」
世界が、止まった。
芹は何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
「……え」
「お前が死んだあの夜。俺もいた」
「神威様も……?」
「ああ」
天也の声は静かだった。けれど、その奥には深い苦しみが滲んでいる。
「婚儀の夜、俺はお前の部屋へ向かう途中で襲われた」
芹の心臓が強く鳴る。
「では、犯人は……」
「白銀だ。俺は戦ったが、敗れた。そして……刀を奪われた」
芹は息を呑む。
やはり、天也ではなかったのだ。芹を殺したのは、天也ではなく、天也から翡翠刀を奪った白銀。
「お前の部屋へ辿り着いた時には……」
そこで言葉が止まった。
芹は何も言えない。
天也の手が、強く握られている。
「お前は、血の海に沈んでいた」
胸が裂けそうになった。
天也も見たのだ。あの夜の自分を。殺された芹を。
「俺は間に合わなかった」
天也の声が低い。
「守れなかった」
白銀が天也へ触れようとしていた傷。それは、芹を守れなかった後悔だったのだ。
「神威様」
「この刀――五百年前、巫女姫と共に鬼を封じた剣士が持っていた翡翠刀には、時渡りの力がある。白銀はこれでお前を斬り、俺と出会う前に戻したのだろう」
「では、神威様が戻ったのは」
「刀の力だ」
天也は目を伏せた。
芹は息を呑んだ。
では、天也は最初から知っていたのだ。
芹が未来で花嫁になることも。婚儀の夜に殺されてしまったことも。
なのに、何も言わなかった。
「どうして……どうして、教えてくださらなかったのですか」
「言えば、お前が壊れると思った」
杏樹と同じだ。言えば壊れる。だから隠すのだと。
芹は胸が詰まったように苦しくなった。
「私は、そんなに弱く見えますか」
「そうは思っていない。俺が怖かっただけだ」
意外な答えが返ってきて、芹は言葉を失った。
天也は苦しげに続ける。
「お前に言うのが怖かった。俺が守れなかったこと。俺の刀でお前が殺されたこと。俺が間に合わなかったこと。すべてを知った時、お前が俺を見る目が変わるのが怖かった」
杏樹と同じ。天也もまた、芹に嫌われることを恐れていた。静かで、強くて、何も恐れないように見える人が。
「神威様……」
「俺は、お前に疑われて当然だ。お前が俺を怖いと思ったことも、疑ったことも責めない。俺はその原因を作った」
「違います」
「違わない」
「違いますっ……!」
芹は強く首を振った。
「あなたは、私を殺していない」
「だが、守れなかった」
「それでも、殺してはいません」
天也の瞳が揺れる。
「白銀が悪いのです。あなたの刀を奪い、あなたの後悔を利用している白銀が」
「だが」
「杏樹さまにも言いました。助けられなかったことと、見殺しにしたことは違います。守れなかったことと、殺したことは違います」
不安げな面持ちでいる天也を見れば見るほど涙が溢れてくる。
芹は振り払うように涙を拭い、顔を上げた。
「私も、まだ怖いです。あの夜のことを思い出すと震えます。でも、今ここにいるあなたを、あの夜の恐怖だけで見たくない。――私は、神威様をちゃんと見たい」
天也は何も言わなかった。
翡翠の瞳が、波打つように揺れている。
芹はゆっくりと手を伸ばし、天也の手にそっと触れる。
「神威様。私は、生きています」
天也の手が震えた。
「今、ここにいます」
「……ああ」
「だから、今度は一緒に選ばせてください」
ほろりと、また涙が落ちる。
「守られるだけではなく、私も一緒に戦いたい。愁を助けたい。白銀を止めたい。杏樹さまの想いも、無駄にしたくない」
天也は芹の手を見下ろしていた。
やがて、その手を静かに握り返す。
強くはない。けれど、離さない力だった。
「分かった。……共に行こう」
その言葉に、芹の胸が震えた。
――共に。それは、ずっと欲しかった言葉だった。
「ありがとうございます」
「礼はいらない」
「言いたいのです」
天也はふっと目元を和らげた。その表情を見た瞬間、芹の胸がどうしようもなく高鳴る。
こんな時なのに。杏樹を失ったばかりなのに。
それでも、天也の手の温かさが嬉しかった。
自分はこの人を好きなのだと、もう誤魔化せないほどに思った。
けれど、その気持ちを口にするには、まだ怖かった。
今それを言えば、白銀に狙われる気がした。
愛は、白銀の餌になる。ならば、この気持ちは危険なのだろうか。
芹の迷いを見透かしたように、天也が口を開いた。
世界が、止まった。
芹は何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
「……え」
「お前が死んだあの夜。俺もいた」
「神威様も……?」
「ああ」
天也の声は静かだった。けれど、その奥には深い苦しみが滲んでいる。
「婚儀の夜、俺はお前の部屋へ向かう途中で襲われた」
芹の心臓が強く鳴る。
「では、犯人は……」
「白銀だ。俺は戦ったが、敗れた。そして……刀を奪われた」
芹は息を呑む。
やはり、天也ではなかったのだ。芹を殺したのは、天也ではなく、天也から翡翠刀を奪った白銀。
「お前の部屋へ辿り着いた時には……」
そこで言葉が止まった。
芹は何も言えない。
天也の手が、強く握られている。
「お前は、血の海に沈んでいた」
胸が裂けそうになった。
天也も見たのだ。あの夜の自分を。殺された芹を。
「俺は間に合わなかった」
天也の声が低い。
「守れなかった」
白銀が天也へ触れようとしていた傷。それは、芹を守れなかった後悔だったのだ。
「神威様」
「この刀――五百年前、巫女姫と共に鬼を封じた剣士が持っていた翡翠刀には、時渡りの力がある。白銀はこれでお前を斬り、俺と出会う前に戻したのだろう」
「では、神威様が戻ったのは」
「刀の力だ」
天也は目を伏せた。
芹は息を呑んだ。
では、天也は最初から知っていたのだ。
芹が未来で花嫁になることも。婚儀の夜に殺されてしまったことも。
なのに、何も言わなかった。
「どうして……どうして、教えてくださらなかったのですか」
「言えば、お前が壊れると思った」
杏樹と同じだ。言えば壊れる。だから隠すのだと。
芹は胸が詰まったように苦しくなった。
「私は、そんなに弱く見えますか」
「そうは思っていない。俺が怖かっただけだ」
意外な答えが返ってきて、芹は言葉を失った。
天也は苦しげに続ける。
「お前に言うのが怖かった。俺が守れなかったこと。俺の刀でお前が殺されたこと。俺が間に合わなかったこと。すべてを知った時、お前が俺を見る目が変わるのが怖かった」
杏樹と同じ。天也もまた、芹に嫌われることを恐れていた。静かで、強くて、何も恐れないように見える人が。
「神威様……」
「俺は、お前に疑われて当然だ。お前が俺を怖いと思ったことも、疑ったことも責めない。俺はその原因を作った」
「違います」
「違わない」
「違いますっ……!」
芹は強く首を振った。
「あなたは、私を殺していない」
「だが、守れなかった」
「それでも、殺してはいません」
天也の瞳が揺れる。
「白銀が悪いのです。あなたの刀を奪い、あなたの後悔を利用している白銀が」
「だが」
「杏樹さまにも言いました。助けられなかったことと、見殺しにしたことは違います。守れなかったことと、殺したことは違います」
不安げな面持ちでいる天也を見れば見るほど涙が溢れてくる。
芹は振り払うように涙を拭い、顔を上げた。
「私も、まだ怖いです。あの夜のことを思い出すと震えます。でも、今ここにいるあなたを、あの夜の恐怖だけで見たくない。――私は、神威様をちゃんと見たい」
天也は何も言わなかった。
翡翠の瞳が、波打つように揺れている。
芹はゆっくりと手を伸ばし、天也の手にそっと触れる。
「神威様。私は、生きています」
天也の手が震えた。
「今、ここにいます」
「……ああ」
「だから、今度は一緒に選ばせてください」
ほろりと、また涙が落ちる。
「守られるだけではなく、私も一緒に戦いたい。愁を助けたい。白銀を止めたい。杏樹さまの想いも、無駄にしたくない」
天也は芹の手を見下ろしていた。
やがて、その手を静かに握り返す。
強くはない。けれど、離さない力だった。
「分かった。……共に行こう」
その言葉に、芹の胸が震えた。
――共に。それは、ずっと欲しかった言葉だった。
「ありがとうございます」
「礼はいらない」
「言いたいのです」
天也はふっと目元を和らげた。その表情を見た瞬間、芹の胸がどうしようもなく高鳴る。
こんな時なのに。杏樹を失ったばかりなのに。
それでも、天也の手の温かさが嬉しかった。
自分はこの人を好きなのだと、もう誤魔化せないほどに思った。
けれど、その気持ちを口にするには、まだ怖かった。
今それを言えば、白銀に狙われる気がした。
愛は、白銀の餌になる。ならば、この気持ちは危険なのだろうか。
芹の迷いを見透かしたように、天也が口を開いた。

