詰所へ着くと、天也は地図を広げながら数人の鬼狩りと話していた。その横顔は険しく、また新たな被害があったのだろうと芹は察する。
天也は芹に気づくと、輪から抜けてこちらへ歩いてきた。
「……顔色が悪いような気がするが」
開口一番にそう言われ、芹は目を瞬かせた。
「……少し、眠れなかっただけです」
芹が正直に言うと、天也は目を細めた。
「何かあったのか」
そこに無理に踏み込むような強さは感じられない。けれど、聞き流すつもりもなさそうな声だった。
芹は迷った。愁のことを話すべきか。だが、口にすれば本当に疑っているようで、それが怖かった。
「……家のことで、少し」
天也はそれ以上は尋ねず、ただ軽く頷いた。
「話したくなれば話せ」
その一言が、胸の奥に静かに落ちた。
それ以上は、何も問われない。けれど――もし言葉にすれば、この人はきっと、逃げずに受け止めてくれる。近づきすぎないその距離が、かえって優しく感じられた。
「……ありがとうございます」
芹が言うと、天也は少し視線を逸らした。遅れてやってきた杏樹がにやにやと笑っている。
「天也、優しいねぇ」
「黙れ」
「はいはい」
そのやり取りに少しだけ笑いそうになって、芹は胸元を押さえた。
天也のそばにいると、不思議と呼吸がしやすい。愁の心配は優しいはずなのに、時々息苦しい。その違いが、今ははっきりと分かってしまう。
午前中、芹は詰所で鬼の記録を見た。
出現地点はさらに広がっている。天也は昨夜の報告を整理しながら、芹にも分かるよう説明してくれた。
「この三か所は、いずれも古い祠の近くだ」
「祠……?」
「五百年前の封印に関わるものではないかと見ている」
五百年前。その言葉に、芹は反応した。
縹家の祖である巫女姫と、鬼狩りの剣士が強大な鬼を封じたという時代。
「縹家にも、五百年前の話は伝わっています」
「詳しくは?」
「強大な鬼を封じたこと。巫女姫と鬼狩りの剣士が共に戦ったこと。その後、二人の間に生まれた子が縹家を興したこと……そのくらいです」
「封じた鬼の名を聞いたことはあるか」
「聞いたことがありません」
そう答えた瞬間、なぜか胸の奥がひやりとした。
知らないはずの何かが、すぐそばを通り過ぎたような感覚に、芹は思わず息を呑む。
「……芹?」
「……今、少し」
「どうした」
「分かりません。けれど、五百年前の鬼の話をしたら……胸の奥が冷えたような」
天也の表情がすっと引き締まる。隣にいた杏樹も何も言わない。
「お前の中に流れる血が反応したのかもしれない」
「でも、私は何も」
「分からなくても、感じることはあるだろう」
天也は地図の上に指を置いた。
「縹家の娘であるお前なら、封印に関わるものへ反応してもおかしくないはずだ」
芹はそっと、自分の胸に手を当てた。
星見。縹家に生まれた女子だけに受け継がれる力。
自分には関係のないものだと、ずっと思っていたけれど――もし、本当にこの身の内に何かがあるのだとしたら。
それは一年前に死に戻ったことと、繋がっているのだろうか。
「今日は、ここの祠を確認する」
天也が地図の一点を示した。そこは都の外れにある古い梅林の近くだ。
「私も行ってもいいでしょうか」
天也はすぐには答えなかった。静かな眼差しで芹を見ている。
「危険があるかもしれない」
「分かっています」
「分かっていて来るのか」
「はい」
芹は頷いた。
「知りたいのです」
天也はしばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「俺の後ろから離れるな」
「はい」
「杏樹」
「分かってる、俺も行くよ。芹ちゃんのお守りは任せて」
「お守りではありません」
芹が小さく抗議すると、杏樹は楽しそうに笑う。
「じゃあ、護衛」
「それなら……」
「いいんだ」
「……杏樹さま」
張りつめていた空気が、わずかにほどける。
これから任務で出るというのに、杏樹は楽しそうに笑っていた。
天也は芹に気づくと、輪から抜けてこちらへ歩いてきた。
「……顔色が悪いような気がするが」
開口一番にそう言われ、芹は目を瞬かせた。
「……少し、眠れなかっただけです」
芹が正直に言うと、天也は目を細めた。
「何かあったのか」
そこに無理に踏み込むような強さは感じられない。けれど、聞き流すつもりもなさそうな声だった。
芹は迷った。愁のことを話すべきか。だが、口にすれば本当に疑っているようで、それが怖かった。
「……家のことで、少し」
天也はそれ以上は尋ねず、ただ軽く頷いた。
「話したくなれば話せ」
その一言が、胸の奥に静かに落ちた。
それ以上は、何も問われない。けれど――もし言葉にすれば、この人はきっと、逃げずに受け止めてくれる。近づきすぎないその距離が、かえって優しく感じられた。
「……ありがとうございます」
芹が言うと、天也は少し視線を逸らした。遅れてやってきた杏樹がにやにやと笑っている。
「天也、優しいねぇ」
「黙れ」
「はいはい」
そのやり取りに少しだけ笑いそうになって、芹は胸元を押さえた。
天也のそばにいると、不思議と呼吸がしやすい。愁の心配は優しいはずなのに、時々息苦しい。その違いが、今ははっきりと分かってしまう。
午前中、芹は詰所で鬼の記録を見た。
出現地点はさらに広がっている。天也は昨夜の報告を整理しながら、芹にも分かるよう説明してくれた。
「この三か所は、いずれも古い祠の近くだ」
「祠……?」
「五百年前の封印に関わるものではないかと見ている」
五百年前。その言葉に、芹は反応した。
縹家の祖である巫女姫と、鬼狩りの剣士が強大な鬼を封じたという時代。
「縹家にも、五百年前の話は伝わっています」
「詳しくは?」
「強大な鬼を封じたこと。巫女姫と鬼狩りの剣士が共に戦ったこと。その後、二人の間に生まれた子が縹家を興したこと……そのくらいです」
「封じた鬼の名を聞いたことはあるか」
「聞いたことがありません」
そう答えた瞬間、なぜか胸の奥がひやりとした。
知らないはずの何かが、すぐそばを通り過ぎたような感覚に、芹は思わず息を呑む。
「……芹?」
「……今、少し」
「どうした」
「分かりません。けれど、五百年前の鬼の話をしたら……胸の奥が冷えたような」
天也の表情がすっと引き締まる。隣にいた杏樹も何も言わない。
「お前の中に流れる血が反応したのかもしれない」
「でも、私は何も」
「分からなくても、感じることはあるだろう」
天也は地図の上に指を置いた。
「縹家の娘であるお前なら、封印に関わるものへ反応してもおかしくないはずだ」
芹はそっと、自分の胸に手を当てた。
星見。縹家に生まれた女子だけに受け継がれる力。
自分には関係のないものだと、ずっと思っていたけれど――もし、本当にこの身の内に何かがあるのだとしたら。
それは一年前に死に戻ったことと、繋がっているのだろうか。
「今日は、ここの祠を確認する」
天也が地図の一点を示した。そこは都の外れにある古い梅林の近くだ。
「私も行ってもいいでしょうか」
天也はすぐには答えなかった。静かな眼差しで芹を見ている。
「危険があるかもしれない」
「分かっています」
「分かっていて来るのか」
「はい」
芹は頷いた。
「知りたいのです」
天也はしばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「俺の後ろから離れるな」
「はい」
「杏樹」
「分かってる、俺も行くよ。芹ちゃんのお守りは任せて」
「お守りではありません」
芹が小さく抗議すると、杏樹は楽しそうに笑う。
「じゃあ、護衛」
「それなら……」
「いいんだ」
「……杏樹さま」
張りつめていた空気が、わずかにほどける。
これから任務で出るというのに、杏樹は楽しそうに笑っていた。

