「お前が私の花嫁か」
艶のある低い声だ。声の主は隣に並び立つ男のもの。振り向こうにも今は婚礼の儀の最中なので、前を見据えたまま「はい」と返すことしかできなかった。
「縹芹、と申します」
「それは知っている」
芹の夫となる男──神威天也は、声を押し殺すように笑いながら、芹の左手を掬い上げ、そして向き直った。
何をするつもりなのだろうか。儀式の流れは一通り頭に叩き込んできたが、このようなことは書かれていなかったはずだ。
しなやかな指先に見入っていると、あろうことか、彼はその場で片膝をついた。
「幾久しく、よろしく頼む」
手の甲に柔らかな熱が灯る。それが唇だと気づいた時、芹は初めて夫となる男の顔を見た。
(──なんて、綺麗なのかしら)
神威天也は春景色から飛び出してきたような美しい人だった。
ひと目見たら、誰だって恋に落ちてしまう──そんな噂を聞いたことがあったので、さぞかし美丈夫なのだろうと思ってはいたが、実物は想像をはるかに超えた。
「返事はしてくれないのか?」
翡翠の色を帯びた瞳が、芹を真っ直ぐに見上げている。
芹は胸を高鳴らせながら、紅を引いた唇を薄らと開いた。
「────」
ひらりふわりと花弁が舞い踊る。見つめ合うふたりの傍では、翡翠の桜が春風に揺られていた。

