僕らの好きは幽霊だってぶっ飛ばす!

 嵐のような悪天候だったのが嘘のように、今は満天の星空が頭上に広がっている。
 夢心地でそれを眺めていた晴香は、不意に繋がっていた手が強く握られ、ハッと我に返った。
 隣を見れば、鳴海の姿がある。彼は、神妙な面持ちで晴香を見つめていた。
 だから晴香は言葉に詰まってしまう。

「あ……えっと……」
「………」
「よ、よく僕が此処に居るってわかったね」
「前に入れた、お互いの位置がわかるアプリを使いました」
「あ、ああ! なるほど。鳴海くん、頭いい!」
「………」
「はは、は……」

 ジッとこちらを見る鳴海の目は、どこか寂しそうで、そして何かを言いたそうにしていた。
 それが伝わったから、晴香は一度口を閉じ、改めて鳴海へと向き直る。
 そうして告げた。

「心配かけて、ごめんね」

 瞬間、晴香は鳴海に強く抱きしめられた。

「……!」
「心配……しました。凄く、凄く凄く、心配しました」
「うん……」
「不安で、苦しくて、恐くて……晴香さんが傍に居てくれないことが、こんなにも辛いことだなんて思いませんでした」
「ごめん……ごめんね」

 ぽんぽんと鳴海の背中を優しく叩いてやる。
 鳴海は黙り込み、晴香を強く強く抱きしめ続けた。
 しばらくするとその腕の力は緩まり、鳴海は晴香と目を合わせた。

「いえ……晴香さんは悪くないです。悪いのはあの幸孝っていう【幽霊】です」

 きっぱりと言い放つ鳴海に、晴香は苦笑して見せる。
 幸孝のしたことは許されるものじゃない。けれどだからといって、彼の存在と行動全てを否定する気持ちにはなれなかった。
 彼なりの愛が確かにそこにあったのだ。気付けば歪んでしまうほどの、強い愛が。

「……鳴海くん」
「はい」
「鳴海くんはずっと……ずっと僕を守って、助けてくれたね」
「………」
「告白してくれた時も、お昼休みも、槙原さんの家でも……今日も。鳴海くんはいつだって、僕がずっと恐かった【幽霊】から助けてくれる。守ってくれる」
「………」
「恐怖を、苦痛を、そして幸福を、鳴海くんは共有してくれる。【幽霊】をぶっ飛ばして、もう大丈夫だよって僕に安心をくれる。それだけ鳴海くんは……いつも僕のことを想ってくれている」
「晴香さん……俺は……」
「鳴海くん」

 鳴海の言葉を遮り、その名を口にする。
 そうして晴香は、背伸びをした。
 埋められた身長差は、鳴海の唇に容易に触れることができる。
 それは晴香からの、初めてのキスだった。

「大好きだよ、鳴海くん」

 顔を真っ赤にしながら、それでも晴香は潤んだ瞳を鳴海から逸らさなかった。
 星空を背に、鳴海もまた、初めて動揺を見せる。
 口元に手を当て、晴香からのキスの感触をリフレインしているのがわかる。

「晴香さん、今……」
「ご、ごめん。突然……」
「いえ。なんならもっとしてくれて大丈夫です」
「無理!」
「そう言わずに……!」
「無理ぃ!」

 鳴海の腕の中で、晴香は恥ずかしがりながらキャイキャイと喚く。
 そんな晴香を前に、鳴海は実に幸せそうだ。
 そうして今度は、鳴海から晴香へキスを捧げる。

「んっ……鳴海、くん」
「晴香さん……好きです」

 お互いの『好き』を交換するように、二人は何度も何度もキスを繰り返す。
 空で瞬く星々だけが、そんな二人を見つめていた。

「……そういえば、こんな遅くなっちゃったけど鳴海くん大丈夫?」

 ふと、晴香はそう訊ねた。
 時刻は夜の七時を回っており、部活動をしていたとしてもだいぶ遅い時間である。
 そしてそれは晴香自身にも言えることであった。
 親になんて言い訳したものかと思っていたら、鳴海は焦った様子も無く告げた。

「大丈夫ですよ。槙原先輩が、俺たちで勉強会してるって家に連絡入れてくれたみたいですから」
「え!?」
「もちろん晴香さんの家にも伝え済みだそうです」

 言いながら、鳴海はスマホの画面を見せてくれる。そこには確かに、朱音からのメッセージで、今鳴海が言ったような内容が書かれていた。

「さすが委員長……助かった」
「そうですね。俺も、学校を抜けるのに白井と黒川が言い訳を考えてくれたみたいで、助かりました」
「そうだったんだ……」

 鳴海は、ふ、とその顔に柔らかい笑顔を浮かべる。

「晴香さん。どんな形であれ、もっといっぱい俺たちのこと、頼ってくださいね」
「……!」

 気付けば、自分の周りにはたくさんの仲間がいる。
 ずっと【幽霊】に悩まされ続け、いつしか普通の人ですら遠ざけるような生き方を選んでしまっていたというのに。
 今は、こんなにも頼りになる人たちが傍に居てくれる。
 何より彼が―――鳴海が、共に居てくれる。

「頼りにしてる。誰よりも」
「はい」
「鳴海くん……」
「晴香さん……」

 再び、二人の間に優しい空気が溢れる。
 見つめ合った二人は、そうしてまた唇を重ねようとし―――そこで、晴香が目を見開いた。

「ひっ……!」

 思わず悲鳴に近い怯えた声を上げたのは、鳴海の背後に焼け爛れた顔の【男】が立っていたからだ。
 じりじりと、【男】はこちらへやって来る。
 そうして鳴海の肩に触れようとし……

「いいところで邪魔してんじゃねぇ!」

 鳴海の渾身の裏拳により、【男】は霧散していった。
 あっけない【幽霊】の退場に、晴香はぽかんとし、そして笑い出した。

「あはははは。鳴海くん、さすがぁ~」
「晴香さんのためなら、いくらでもぶっ飛ばしてやりますよ」
「うん。ありがとう。大好き」

 言って、晴香は鳴海からのキスを受け入れる。
 星空に祝福された二人を【邪魔する者】は、もう何処にも見当たらなかった。


【完】