幼馴染が俺の好みに寄せてくるんだが

 なんとか最後まで映画を観て、昼食のために外へ出た。いつもなら適当にコンビニで買ったもので済ますけれど、あのまま二人きりで過ごしてまた意識してしまうより人目のあるところにいた方がいいと思ったからだ。
 駅前の牛丼チェーン店で、ギリギリワンコインの並盛を食べた。誕生日だから特別に、誠矢には奢ってやった。
「ありがとう。潤太の誕生日には俺が奢るね」
「おー、楽しみにしてる」
 店を出ると暖かな日差しが降り注いでいた。だいぶ春らしくなり、昼間はコートもいらないくらいだ。
 俺たちはもうすぐ三年生になる。俺の誕生日――七月は、受験対策で忙しいだろう。
 誠矢とはきっと大学も別々だ。大学生になったら、ますます予定が合わなくなるかもしれない。一緒にいることは当たり前じゃない――そう思うと胸に穴が空いた感覚がした。
「この後どうしようか」
「さっきの映画の続編観るんだろ」
「もういいよ、次は潤太が好きなので」
「だから、それは禁止だって……」
「あれ、誠矢くんだ」
 話しながら歩いていたら、不意に声をかけられた。知らない女の子だった。
「あ……先輩、こんにちは」
 誠矢はぺこりと会釈をした。どうやら高校の知り合いらしい。
「偶然だね。買い物?」
「ちょっとお昼を食べに」
「いいねー、楽しんでね」
 二人は結構親しいみたいだ。俺は会話に入れず、さりげなく距離を取る。
 誠矢が先輩と呼んだ女性は、大人びていて綺麗な人だった。そうだ、きっと本来なら誠矢にはこういう人がお似合いなんだ。でも、こいつは俺のことが好きで……俺はまだ答えが出せなくて。
 誠矢は自然な笑顔で会話を交わしていた。俺と二人でいた時より楽しそうに見える。というか、今日の誠矢は俺の前で笑っていたっけ。
「……」
 胸焼けを起こしたように、胃のあたりが重たくなる。なんでそんなに楽しそうなんだよ。いつまで俺を放っておくんだよ。
「ごめん潤太、お待たせ」
「あ……」
 はっと顔を上げれば、誠矢が目の前に立っていた。それと同時に、自分の中に浮かんだ想いに動揺する。俺、今なに考えた?
「さっきの誰?」
「部活の先輩だよ」
「ふーん……ずいぶん仲良さそうじゃん」
「うん、まあ……あんまり上下関係とかないし、みんな仲いいと思うよ」
 誠矢が学校でどう過ごしているのか、俺は知りようもない。そんなこと分かっているはずだった。でも。
「……名前で呼ぶくらい仲いいんだ」
「え?」
「何でもない」
 呟いた声は届かなかったらしい。俺は俯いたまま、早足で歩き出した。



 誠矢の部屋に戻っても映画を観る気分にはなれず、ぎこちない空気が流れていた。
「潤太、なにか飲む?」
「いらない」
「えっと、好きな映画も動画も見ていいよ。それとも漫画読む?」
「今はいい」
 誠矢は目に見えておろおろしていた。沈黙を埋めようと話しかけてくるけれど、俺はうまく返せない。
 俺、何やってるんだろう。せっかくの誕生日なのに、気を遣わせて、雰囲気悪くして……。このままじゃ迷惑をかけるだけだ。プレゼントは渡せたし、今日は帰った方がいいかもしれない。
 ぐるぐると思考を巡らせていると、不意に小さな袋を差し出された。
「そうだ、潤太にこれあげる」
 透明な袋の中には金平糖が入っていた。青色と白色の詰め合わせだ。
「なにこれ」
「ホワイトデーで配ったお菓子。潤太の分も買っておいたんだ」
「え……」
「見た目もおしゃれだし、おいしそうだったから食べてみてほしくて……」
「なんだよ、それ」
 誠矢の声を遮って言い放つ。脈拍の嫌な音が耳に響く。
「余り物ってことかよ」
「ち、違うよ。最初から潤太にあげたかったんだ」
「でも他の人にもあげたんだろ。さっきの先輩にも渡したのか?」
 考えるよりも先に言葉が出てくる。自分が何を言っているのか、自分でもよく分からない。ただ溢れる感情を止められなかった。
「お前がモテる理由がよく分かったよ。あんなふうに話しかけられたら、そりゃ好きになるよな」
「潤太、どうしたの……?」
「お返しなんて渡せば勘違いする人だっているかもしれないだろ。もっとよく考えろよ!」
 俺の胸の中には、はっきりとした焦燥感があった。
 誠矢には俺の知らない人間関係があって、これからもそれは広がっていく。
 誠矢がもしも他の人と付き合ってしまったら。俺のことを好きじゃなくなってしまったら。
 そんなの……そんなの、嫌だ。
「お、俺のこと、ちゃんと好きでいろよ……!」
 声を絞り出してそう告げる。いつの間にか呼吸が荒くなっていた。誠矢はしばらく呆然とした顔で俺を見つめ、かと思うと頬が真っ赤に染まった。
「潤太、どうしてそう思うの?」
 誠矢が俺に身体を寄せる。思わず後退ろうとしたが、背中がベッドに当たった。
「どうして潤太を好きでいてほしいのか、教えて」
「どうして、って……」
 俺は誠矢を誰にも取られたくないと思った。同じ高校じゃなくても、同じ大学に行けなくても、俺を忘れないでいてほしいと思った。
 これって……まさか、独占欲?
「……っ!」
 気づいた瞬間、俺の頬も熱くなった。先ほどとは違う胸の高鳴りと切ない痛み、そして視線は誠矢から逸らせない。
「あ……俺……」
 どきどき、どきどき。早鐘を打つ鼓動が、俺に気持ちを自覚させる。
「俺、誠矢のこと、好きみたいだ……」
 言葉にしてみると、ああそうだったんだと自分でも納得できた。あまりの照れくささに両手で顔を覆うと、突然ぎゅっと抱きしめられた。
「本当? 本当に俺のこと好き?」
「ま、まだよく分かんないけど」
「でも今好きって言ってくれたよね」
 指の間から誠矢の顔を見てみる。ブラウンの瞳が予想以上に近くにあって、また心臓が暴れ出す。
「潤太、嬉しい。大好きだよ」
 俺だけに向けられた眼差しは、誰よりも優しくて温かかった。勇気を出してそっと背中に腕を回してみる。
「……俺も……」
 そう言うのが精一杯だったけれど、誠矢は心からの笑顔を見せてくれた。