幼馴染が俺の好みに寄せてくるんだが

 ファミレスを出て、結局そのまま帰路についた。まだ解散には早い時間だけど、気詰まりな雰囲気を払拭することができず、どちらからともなく帰ろうということになった。
 隣の座席で静かにバスに揺られている誠矢の様子を横目で窺う。俯いた表情は、長めの前髪に隠れてよく見えなかった。
 誠矢はパフェもパンケーキも完食できなかった。なんとか一人で平らげようとしていたが、パフェのソフトクリームがどろどろに溶けたところで俺が見かねて半分食べてやった。
 今日の誠矢はおかしい。突然髪を染めたり、でかい声を出したり、苦手な甘いものを大量に食べたり……何より悩み事が気になる。でも話したくないと言われてしまえばどうにもできない。
 俺は今まで誠矢に隠し事なんてしたことがなかった。誠矢もそうだと思っていたけれど、それは俺の思い込みだったみたいだ。なんだか少し寂しかった。
 最寄り駅に到着し、お互い無言のまま立ち上がる。バスを降りて歩き始めると、誠矢の歩みが徐々に遅くなり、やがて足を止めてしまった。
「誠矢?」
 呼びかけるが反応がない。
「どうしたんだよ」
 近寄って覗き込んでみる。すると誠矢は青い顔をしながら胃のあたりを手で押さえていた。
「誠矢、具合悪いのか?」
「だ、大丈夫……だよ。元気だから」
「元気には見えないけど」
 みるみるうちに誠矢の顔色が悪くなっていく。震える唇からか細い声が聞こえる。
「……ごめん、やっぱりちょっと気分悪い……」
「歩けそうか?」
「な、なんとか……」
「とりあえず帰ろう。送ってくよ」
 身体を支えてやりながらゆっくり歩き出す。誠矢は泣きそうな顔をしていた。


 なんとか誠矢の家に着き、部屋まで送り届けた。家族は不在だったので、内心で断りを入れながら冷蔵庫のミネラルウォーターを拝借する。グラスに注いで手渡すと、誠矢は一口だけ飲んでベッドに横たわった。
「迷惑かけてごめん」
「そんなんいいって、気にするなよ。お前大食いキャラじゃないんだから、食べ過ぎには気をつけろよな」
 冗談めかして励ましてみたけれど、誠矢は浮かない表情のままだ。
「今日の俺、だめだったよね」
「だめじゃないけど……いつもとは違ったな」
 長い前髪の間から、ブラウンの瞳が俺をちらりと見る。視線を返したがすぐ逸らされてしまった。
「あんまり思い詰めるなよ。体調崩したら大変だし」
「分かってる、けど……」
 誠矢はまだ何か言いたげに掛け布団の端を掴んだ。俺は急かさずに次の言葉を待つ。
 ややあって、ぽつりぽつりと誠矢は話し始めた。
「俺……変わりたかったんだ。黒髪で、元気で、甘いものを食べられるようになりたかった」
「なんで?」
「だって、そうなれば潤太に好きになってもらえるかもって思ったから」
「……ん? んん?」
 なんだって? 話の前後関係がよく分からない。
「俺、誠矢を嫌いになったことなんかないけど」
「でも、ただの友達としてしか見てないでしょ。俺はそうじゃないんだよ」
 それって、つまり……。言葉の意味を咀嚼する前に、誠矢が続けて言う。
「俺は潤太のこと……すき、だよ」
「好き……って……」
「子どもの頃からずっと、潤太だけが好き」
 ごくり、唾を飲み込む。誠矢の苦しげな表情から、これは冗談でもなんでもないことが分かる。
「潤太の好みのタイプに近づこうと思ったのに……全然上手くいかなくて、自分が情けないよ」
「誠矢……」
「俺のこと、嫌いにならないで。また潤太が好きな漫画の続き買っておくから、だから……」
 誠矢は声を震わせながら腕で目を隠した。
 俺は今ようやく、誠矢の部屋に俺好みの漫画ばかりが揃っている理由に気づいた。
 全部、俺のためだったんだ。
 胸がきゅっと苦しくなる。あー、なんでこいつ、こんなに不器用なんだろう。
「誠矢、顔見せてよ」
 ため息をひとつ吐いて声をかければ、誠矢はそろそろと顔から腕を外した。その目は赤くなっていた。
「なんか勘違いしてるみたいだけど、俺の好みのタイプってあくまで女の子の話だから」
「じゃあ……男の俺は、望みなし?」
「じゃなくてさ、誠矢は誠矢のままでいいんだよ」
 俺に合わせてほしいとは思わない。どちらかが我慢してばかりの関係性は長く続かないからだ。
 今までの俺はきっと、「俺に合わせてくれる誠矢」しか知らなかったのだと思う。だったら、俺は本当の誠矢のことをもっと知りたい。
「次は誠矢が観たい映画を観よう。好きな漫画も教えてよ」
「え……いいの? 俺のこと、嫌じゃない?」
「嫌なわけないじゃん。何年幼馴染やってると思ってるんだよ」
 誠矢の気持ちを知って驚いた。正直なところまだ混乱しているし、頭の中もまとまっていないけれど、ひとつだけ自信を持って言えることがある。
「誠矢のこと嫌いになるとか、友達やめるとかは絶対ないよ」
「……!」
「でもちゃんと考えたいから、返事は待ってほしい。時間が欲しいんだ」
「う、うん……分かった」
 誠矢は目尻に涙を溜めながら大きく頷いた。張り詰めていた空気がふっと緩む。
「とにかく今日はゆっくり休めよ」
「うん。ありがとう、潤太」
 誠矢に笑顔が戻り、俺も安心した。それじゃ、と軽く手を振って部屋を出る。
 ドアを閉めた瞬間、ずるずると廊下にしゃがみ込んだ。一気に汗が吹き出て、鼓動が大きく音を立て始める。
 なんか、とんでもないことになってしまった。