精神崩壊

 ニュース番組の無機質なテロップと共に、画面いっぱいに映し出されたのは、みんなが知っている「辻田 維月」の姿だった。
 それは、事件が起きるよりずっと前、まだ彼が「優秀で大人しい生徒」という仮面を完璧に被っていた頃の写真だろうか。画面越しの彼は、少しだけはにかんだような、今見ると胸を締め付けられるほどに切ない笑顔を浮かべていた。
 相変わらず、女子生徒が羨むほどに長く濃い睫毛(まつげ)が、伏せられた瞳に深い影を落としている。その涼やかな目元には、後にみんなの日常を壊し、先生を破滅させることになるあの「深淵」など、微塵も感じさせない。どこか浮世離れした、けれど確かにそこに存在していた、懐かしい少年の体温が伝わってくるような一枚だった。
 スタジオのキャスターが、遺体発見の報を繰り返す。
「……発見された遺体の身元確認には、DNA鑑定が行われる予定です」
 その残酷な言葉が重なると、画面の中の彼の笑顔は、まるで永遠に手が届かない場所へ行ってしまった聖者のように、あまりにも白く、神々しく見えた。
 SNSではその写真が瞬く間に拡散され、彼を一度も見たことがない人々までもが「こんなに綺麗な子が」「もったいない」と、無責任な憐憫を投げかけている。
 睫毛の長い、あの美しすぎる横顔。
 もう二度と、その瞳がまばたきをすることはない。もう二度と、その唇がみんなの名前を呼ぶこともない。
 ニュースの青白い光に照らされた彼の写真は、皮肉にも、彼がいなくなった世界の歪さを、誰の言葉よりも雄弁に物語っていた。
 母はテレビの前で、画面に映る息子の頬を撫でようとして、冷たい液晶に指を滑らせる。
「……維月……嘘よね。こんなに笑っているのに……」
 
 長い睫毛に縁取られたその瞳は、もはや誰も映さない。
 ニュースの枠に閉じ込められた「かつての彼」は、みんなの記憶を永遠に凍りつかせるための、最後の装置となった。
 母の喉から、言葉にならない、獣のような呻きが漏れた。
 彼女が握りしめていた「息子はまだどこかで生きている」という、最後の一縷の身勝手な希望が、電波に乗った確定的な絶望によって粉々に打ち砕かれた瞬間だった。
 その頃、勾留所の一室で、清水はその報せを聞いた。
 彼は取り乱しもせず、泣き叫びもしなかった。ただ、深く、深く、奈落の底を覗き込むような目で壁を見つめ、ひっそりと微笑を浮かべた。
(……完成だ。これで、君は誰にも触れられない「不変の解」になったんだね、維月)
 窓の外では、維月の体温を奪い去った雪が、いまさら謝罪するように雨へと変わっていた。
 「辻田 維月」という少年は、こうして世界から存在を抹消された。
 遺体発見の報は、彼の生存を信じるすべての者の口を封じ、物語に最も残酷で、最も美しい「終止符」を打ったかのように見えた。
 ――春を待つまでもなく、彼という存在は、白く、冷たい過去へと埋葬されたのだ。