――テスト二日目。
休み時間の教室は、ページを捲る乾いた音と、焦燥の入り混じった熱気に満ちていた。
昨日の件で僕を遠巻きにするクラスメイトたちの中で、例の眼鏡の男子生徒――星川は、自分の世界に閉じこもるように机にかじりついていた。
次の科目は英語。彼は単語帳に赤シートを重ね、狂ったように頭を振って暗記を繰り返している。その必死な姿は、まるで崩れゆく砂の城を素手で支えようとしている子供のようだった。
僕は音もなく立ち上がり、彼の机の前に影を落とした。
「ねえ、星川。その単語、意味ないよ」
僕が耳元でそう囁くと、彼の肩が跳ねるように震えた。
彼は顔を上げ、憎悪と恐怖が入り混じった瞳で僕を睨みつける。
「……またお前か。目障りなんだけど。不登校のくせに学校に来て、人の邪魔ばっかりして暇なの?」
「暇っていうか、ただ『無駄』を教えてあげてるだけだよ」
僕は彼の机の上にそっと手を置いた。彼がコツコツと書き連ねた、びっしりと青いインクで埋まった自習ノート。その上を、僕の指先がなぞる。
「その長文、昨日の放課後の職員室で先生たちが話してた傾向とは全然違うよ。君が今やってるのは、ただの自己満足。……最短距離で考えなきゃ。努力すれば報われるなんて、誰の受け売り? もしかして、お父さんやお母さんの教え?」
「うるさいうるさいうるさい……お前に俺の何がわかるんだよ」
星川の声が上擦る。周囲の生徒たちが、何事かとこちらを振り返り始めた。
僕はわざとらしく、周囲にも聞こえるような、憐れみを込めた声で続けた。
「わかるよ。君は怖いんだよね。僕みたいに、レールの外に放り出されるのが。でも、君みたいな『普通』の人が必死に守ってるそのレール、実はもうボロボロなんだ。あの先生の人生が粉々になったみたいにね」
「……っ、人間の底辺が」
星川の瞳から、ポロリと涙が零れ落ちた。
僕はそれを見て、心の底から満たされるのを感じた。
彼が昨晩、家族からの期待を背負って、眠い目を擦りながら積み上げてきたであろう「努力」という名の城。それを、たった数秒の言葉で蹂躙する。
僕が学校に来たのは、テストを受けるためじゃない。
先生。
僕たちが愛した「数式」の残酷さを、僕は今、この閉ざされた教室で実演しているよ。
逃げ出したお父さんは、きっとこういう「誰かの人生を狂わせる快感」を知っていたのかもしれない。母が必死に隠そうとした父の血が、僕の体の中でドロリと熱を持って脈打っている。
「頑張ってね、星川。あ、でも次の時間、手が震えて名前を書くのを忘れないように気をつけて」
僕は凍りついたような微笑みを残し、自分の席へと戻った。
僕の背後で、星川が単語帳を握り潰し、嗚咽を堪える音が聞こえた。
教室の空気は、もはや勉強どころではないほどに濁り、歪んでいた。
僕という存在がそこに座っているだけで、彼らの「正解」は次々とノイズに塗り替えられていく。
それは、僕の人生の選択肢を壊した先生への、最高に不純な献身だった。
休み時間の教室は、ページを捲る乾いた音と、焦燥の入り混じった熱気に満ちていた。
昨日の件で僕を遠巻きにするクラスメイトたちの中で、例の眼鏡の男子生徒――星川は、自分の世界に閉じこもるように机にかじりついていた。
次の科目は英語。彼は単語帳に赤シートを重ね、狂ったように頭を振って暗記を繰り返している。その必死な姿は、まるで崩れゆく砂の城を素手で支えようとしている子供のようだった。
僕は音もなく立ち上がり、彼の机の前に影を落とした。
「ねえ、星川。その単語、意味ないよ」
僕が耳元でそう囁くと、彼の肩が跳ねるように震えた。
彼は顔を上げ、憎悪と恐怖が入り混じった瞳で僕を睨みつける。
「……またお前か。目障りなんだけど。不登校のくせに学校に来て、人の邪魔ばっかりして暇なの?」
「暇っていうか、ただ『無駄』を教えてあげてるだけだよ」
僕は彼の机の上にそっと手を置いた。彼がコツコツと書き連ねた、びっしりと青いインクで埋まった自習ノート。その上を、僕の指先がなぞる。
「その長文、昨日の放課後の職員室で先生たちが話してた傾向とは全然違うよ。君が今やってるのは、ただの自己満足。……最短距離で考えなきゃ。努力すれば報われるなんて、誰の受け売り? もしかして、お父さんやお母さんの教え?」
「うるさいうるさいうるさい……お前に俺の何がわかるんだよ」
星川の声が上擦る。周囲の生徒たちが、何事かとこちらを振り返り始めた。
僕はわざとらしく、周囲にも聞こえるような、憐れみを込めた声で続けた。
「わかるよ。君は怖いんだよね。僕みたいに、レールの外に放り出されるのが。でも、君みたいな『普通』の人が必死に守ってるそのレール、実はもうボロボロなんだ。あの先生の人生が粉々になったみたいにね」
「……っ、人間の底辺が」
星川の瞳から、ポロリと涙が零れ落ちた。
僕はそれを見て、心の底から満たされるのを感じた。
彼が昨晩、家族からの期待を背負って、眠い目を擦りながら積み上げてきたであろう「努力」という名の城。それを、たった数秒の言葉で蹂躙する。
僕が学校に来たのは、テストを受けるためじゃない。
先生。
僕たちが愛した「数式」の残酷さを、僕は今、この閉ざされた教室で実演しているよ。
逃げ出したお父さんは、きっとこういう「誰かの人生を狂わせる快感」を知っていたのかもしれない。母が必死に隠そうとした父の血が、僕の体の中でドロリと熱を持って脈打っている。
「頑張ってね、星川。あ、でも次の時間、手が震えて名前を書くのを忘れないように気をつけて」
僕は凍りついたような微笑みを残し、自分の席へと戻った。
僕の背後で、星川が単語帳を握り潰し、嗚咽を堪える音が聞こえた。
教室の空気は、もはや勉強どころではないほどに濁り、歪んでいた。
僕という存在がそこに座っているだけで、彼らの「正解」は次々とノイズに塗り替えられていく。
それは、僕の人生の選択肢を壊した先生への、最高に不純な献身だった。
