精神崩壊

 窓の外では、春の嵐が、いよいよ激しさを増していた。
 満開だったはずの桜が、無残に散らされ、泥水に塗れていく。
 数ヶ月ぶりに潜った校門は、ひどく色褪せて見えた。
 テスト初日の朝、教室に足を踏み入れた瞬間、喧騒が不自然に途絶える。「先生を破滅させた問題児」――そのレッテルが、目に見えない檻のように僕を囲んでいた。
 僕は窓際の、かつて先生が立っていた準備室に近い席に座り、周囲を見渡した。そこには、必死に参考書を捲り、唇を噛み締めながら公式を暗唱する同級生たちの姿があった。
 特に目についたのは、僕が不登校になる前に学年順位を競っていた、眼鏡の男子生徒。彼は難関私立校を目指していることで有名で、今は鼻息も荒く、解答用紙が配られるのを待っている。
(……滑稽だな)
 僕は机に突っ伏したまま、彼を観察した。彼が必死に守ろうとしている「偏差値」や「学歴」という数式。それがどれほど脆く、僕の指先一つで崩れ去るものかを、彼はまだ知らない。
 
 試験開始のチャイムが鳴り響く。
 周囲がカリカリと鉛筆を走らせる音が、心地よいリズムとなって耳に届いた。僕は解答用紙に名前だけを書くと、残りの時間は白紙のまま、ただ「彼」の背中を見つめ続けた。
 休み時間、廊下に出た彼を僕は呼び止めた。
「ねえ、さっきの数学、第三問の解法……君、間違えてたでしょ」
 僕が吐息のように囁くと、彼は飛び上がるほど驚き、顔を真っ赤にした。
「……な、なんだよ。お前に何がわかるんだよ。不登校のくせに」
「わかるよ。先生が言ってた『最短距離』で考えてないもん、君の解き方。そんなんじゃ、君が憧れてるあの高校には、一生届かないよ」
 僕は、先生がかつて僕にだけ見せていた、あの冷徹な微笑みを完璧に模倣して見せた。
 彼の手が怒りで震えているのがわかる。彼はプライドを激しく傷つけられ、次の時間の試験中も、動揺して何度も消しゴムを動かしていた。
 
 僕にとって、彼らの未来や努力を汚すのは、最高のアミューズメントだった。
 偏差値が高い。頭が良い。品行方正。
 そんな「正しい」はずの要素が、僕という不純物の一言で簡単に揺らぎ、崩落していく。その様は、かつて先生が崩れていったあの過程を見ているようで、たまらなく興奮したのだ。
 母から聞いた、逃げ出した父の話を思い出す。
 父も、きっとこうして「正しさ」から脱落したのでしょう。でも、父は無責任に消えた。僕は違う。僕はここに残り、彼らの「正解」を内側から食い破る。
「……不合格だね、君」
 放課後、すれ違いざまに彼にそう告げた時の、彼の絶望に染まった瞳。
 それが、僕にとっての何よりの報酬でした。
 
 先生。見てる?
 先生がいないこの教室で、僕は今、先生よりもずっと残酷な「試験官」になっているよ。