精神崩壊

 アパートのドアが乱暴に蹴破られる音が響いたのは、僕の意識が遠のき始めた、その直後だった。
「維月! 離しなさい、この変質者!」
 母の金切声。それに続く、数人の足音。
 僕を案じて後をつけていた母が、警察を呼んだのだろう。フラッシュのような混沌とした光の中で、先生は僕から引き剥がされた。
 手錠をかけられ、警官に押さえつけられながら、先生は最後まで僕を凝視していた。その瞳に残っていたのは、憎しみでも愛でもなく、ただ底知れない「恐怖」だった。
 ――事件は、翌日のニュースで「狂気の続報」として世間に消費された。
「不適切な関係の末の暴行」。
 そんな刺激的な見出しが、僕がかつて仕掛けたネットの炎上に、新たなガソリンを注いだ。
 先生は現行犯で逮捕され、その再起の道は、文字通り粒子レベルまで粉砕された。
 そして、その裁きは僕にも及んだ。
 学校側から言い渡されたのは、事実上の「自主退学」という死刑宣告だった。
「被害者」でありながら、同時に先生を誘惑し、破滅に導いた「毒」として、僕は教育の場から永久に追放されたのだ。
 自室の机の上。
 あの日、先生に期待されるために揃えた、偏差値の高い超難関高校の赤本が、無意味な紙の束となって転がっている。
 学年8位という誇らしい数字も、目指していた輝かしい未来も、すべては先生という絶対的な解を失った瞬間に、意味を成さない数式へと成り果てた。
 僕の人生の重大な選択肢は、先生の指先によって、そして僕自身の歪んだ執着によって、完全に壊されたのだ。