精神崩壊

 学校に行かなくなってからのボクの日常は、驚くほど無機質で、それでいて密度の高いものに変わった。
 カーテンを閉め切った部屋は、太陽の光さえも拒絶するボクだけのコックピットだ。昼夜の境界線は曖昧になり、ボクの意識は常に、枕元で鈍く光る銀色のスマホの中にあった。
「……あは、また増えてる。先生、もう逃げ場なんてどこにもないよ」
 画面の中で踊る誹謗中傷の嵐。それを眺めながら、ボクは独り言をこぼす。かつて準備室で「無駄を省け」と説いていたあの理知的な声が、今は苦悶に歪んでいるのを想像するだけで、指先まで熱くなる。
 そんなボクの「静寂」を、母の無神経なノックが引き裂いた。
 ドアが開くと、そこには化粧の崩れた、ひどく惨めな女が立っていた。
「維月、あんた……先生に何て言ったのよ。学校から電話が止まらないの。お母さん、外も歩けないわ」
「……何のこと?」
「とぼけないで! あんたが先生を誘惑したんじゃないかって噂まで出てるのよ。ねえ、先生は素敵な人だったじゃない。あんたのために、あんなに熱心に……」
「『熱心』、か。……お母さんは、あの人の何を知ってるの?」
 ボクはスマホから目を離さず、低く冷たい声で返した。
「あの人はボクを『完璧』にしようとしただけだよ。お母さんがボクに、逃げたお父さんの面影を重ねて、思い通りにしようとしてるのと同じ。……あ、お父さんの話は禁句だったっけ?」
「あんた……っ!」
 母の顔が屈辱で歪む。
 数年前、この家から忽然と姿を消した父。借金だか女だか、理由は知らない。ただ、家族という数式から勝手に自分という数字を消去して逃げ出した卑怯な男。母はそれ以来、その「欠損」を埋めるために、立派な肩書きを持つ先生に縋り、ボクにその代わりを求めていた。
「お父さんは無責任に逃げたけど、先生は逃げられないよ。ボクが、逃がさないように(ネット)を張ったんだから。……ねえ、お母さんも協力してくれたよね? 先生を部屋に招き入れて、ボクと二人きりにした。あの時のお母さん、すごく嬉しそうだった」
「……もういいわ。あんたなんて、お父さんと同じ。壊れてるわよ」
 母は吐き捨てるように言って、部屋を出て行った。
 壊れている? 違うよ。ボクはようやく、自分の手で自分を再構築しているんだ。
 食事を摂るのも忘れ、再び画面に目を落とす。知らない誰かが先生を裁いている。その巨大な悪意の渦を、ボクは暗闇の中でただ一人、創造主のような心地で眺めていた。
 数日が経ち、スマホの画面越しに先生が「社会的な死」を迎えるのを確認した時、ボクは久しぶりに外へ出ることにした。
 久しぶりに浴びる夕焼けの光は、目に刺さるほど痛かった。けれど、ボクの足取りは驚くほど軽い。もう、先生の足音に怯える必要はない。これからは、ボクが先生を導く番なんだ。