――翌朝、ボクは鉛のように重い体を引きずって登校した。
教室に入ると、かつての友人たちが談笑している輪が目に入る。この間の昼休みの奴らとは違う男子たちだ。ボクが近づこうとした瞬間、一人の友人がボクの目の隈に気づいて、引きつった笑いを浮かべた。
「維月、最近付き合い悪いよな。昨日もゲームの誘い無視したし……なんか、別の世界の人みたいだわ」
「え……」
別の世界。その通りだ。ボクは一秒一秒を、先生という巨大な瞳に監視されて生きている。
ポケットの中で、あの銀色のスマホが震えた。
『今、誰かと話してる?』
画面を覗き見る勇気すらなかった。
画面をスクロールしたとしても、先生の名前しか出てこない。それはまるで、ボクの人生の履歴が、彼という単一の変数によって上書きされてしまったかのようだった
先生の指示に従うたびに、ボクの周りからは「ボク」を構成していた友人たちが一人、また一人と離れていく。先生はボクを救うふりをして、ボクを真空の檻に閉じ込めたんだ。
(先生のせいで、ボクは独りになった。先生のせいで、ボクの日常は壊されたんだ)
最初は、それが「選ばれた者の代償」だと思い込もうとした。けれど、ふとした瞬間に、逃れられない不快な推論が脳内を支配し始める。
先生は、ボクの生活をこれほどまでに支配し、夜中まで拘束するくせに、自分は平然と「家庭」という別の数式の中に帰っていく。
ボクが血の滲むような思いで解いた解答用紙を検閲しながら、その左手の薬指には、ボクの知らない女との愛の証を嵌めている。
(……ボクは、ただの暇つぶしなんだ)
先生にとって、ボクは「熱心な指導」という名目で飼い慣らされた、手近な遊び相手に過ぎない。自分は安全な場所にいて、ボクだけを真空の檻に閉じ込めて楽しんでいる。
そう気づいた瞬間、ボクの心臓を埋め尽くしていた陶酔は、どろりと濁った汚泥に変わった。
「……気持ち悪い」
廊下を歩けば、角の向こうから規則正しい足音が聞こえてくる。一年前、その音が聞こえるたびに期待で震えていた肩が、今は氷を押し当てられたような寒気で震える。
準備室から漂ってくるコーヒーの匂い。廊下を歩く先生の足音。背後からかけられた声も、粘りつく触手のようにボクの鼓動に絡みつく。
愛おしかったはずのその声も、今はボクを窒息させる不浄なノイズでしかない。先生に触れられた場所が、火傷をしたように不快で、今すぐにでも皮を剥いで洗い流したい衝動に駆られる。
かつては心臓を高鳴らせたそのすべてが、今はボクを窒息させる不浄なノイズにしか聞こえない。
ボクを独りにさせたあの男が。ボクを利用して悦に浸っているあの男が。
ボクは、先生を「嫌い」という明快な答えに、ようやく辿り着いたんだ。
教室に入ると、かつての友人たちが談笑している輪が目に入る。この間の昼休みの奴らとは違う男子たちだ。ボクが近づこうとした瞬間、一人の友人がボクの目の隈に気づいて、引きつった笑いを浮かべた。
「維月、最近付き合い悪いよな。昨日もゲームの誘い無視したし……なんか、別の世界の人みたいだわ」
「え……」
別の世界。その通りだ。ボクは一秒一秒を、先生という巨大な瞳に監視されて生きている。
ポケットの中で、あの銀色のスマホが震えた。
『今、誰かと話してる?』
画面を覗き見る勇気すらなかった。
画面をスクロールしたとしても、先生の名前しか出てこない。それはまるで、ボクの人生の履歴が、彼という単一の変数によって上書きされてしまったかのようだった
先生の指示に従うたびに、ボクの周りからは「ボク」を構成していた友人たちが一人、また一人と離れていく。先生はボクを救うふりをして、ボクを真空の檻に閉じ込めたんだ。
(先生のせいで、ボクは独りになった。先生のせいで、ボクの日常は壊されたんだ)
最初は、それが「選ばれた者の代償」だと思い込もうとした。けれど、ふとした瞬間に、逃れられない不快な推論が脳内を支配し始める。
先生は、ボクの生活をこれほどまでに支配し、夜中まで拘束するくせに、自分は平然と「家庭」という別の数式の中に帰っていく。
ボクが血の滲むような思いで解いた解答用紙を検閲しながら、その左手の薬指には、ボクの知らない女との愛の証を嵌めている。
(……ボクは、ただの暇つぶしなんだ)
先生にとって、ボクは「熱心な指導」という名目で飼い慣らされた、手近な遊び相手に過ぎない。自分は安全な場所にいて、ボクだけを真空の檻に閉じ込めて楽しんでいる。
そう気づいた瞬間、ボクの心臓を埋め尽くしていた陶酔は、どろりと濁った汚泥に変わった。
「……気持ち悪い」
廊下を歩けば、角の向こうから規則正しい足音が聞こえてくる。一年前、その音が聞こえるたびに期待で震えていた肩が、今は氷を押し当てられたような寒気で震える。
準備室から漂ってくるコーヒーの匂い。廊下を歩く先生の足音。背後からかけられた声も、粘りつく触手のようにボクの鼓動に絡みつく。
愛おしかったはずのその声も、今はボクを窒息させる不浄なノイズでしかない。先生に触れられた場所が、火傷をしたように不快で、今すぐにでも皮を剥いで洗い流したい衝動に駆られる。
かつては心臓を高鳴らせたそのすべてが、今はボクを窒息させる不浄なノイズにしか聞こえない。
ボクを独りにさせたあの男が。ボクを利用して悦に浸っているあの男が。
ボクは、先生を「嫌い」という明快な答えに、ようやく辿り着いたんだ。
