体育館から、バスケットボールがリングを通る音が廊下まで響いてくる。
ぼくたちは誰もいない教室で、話し合うことになった。
泣いている「被害者」の女子と、それを冷めた目で見る「加害者」のぼく。
先生が女子をなだめる手つきも、その声も。ぼくの時とは違う、あれは単なる『作業』だ。そう必死に自分に言い聞かせた。
「うっ……ひぐっ……」
女子の鼻をすする音が、静かな空間に反響する。
その音を聞きながら、ぼくは猛烈な生理的嫌悪に襲われていた。
涙で濡れた彼女のまつ毛には、安っぽいマスカラがダマになって付着している。真面目なふりして、校則違反だ。
泣けば許される。泣けば誰かが守ってくれる。そんな『特権性』が透けて見えて、反吐が出た。
彼女の涙は、感情の昂ぶりなんかじゃない。自分を被害者の椅子に固定するための、狡猾な計算だ。赤く腫れた鼻先も、震える肩も。顕微鏡で覗く微生物の蠢きを見ているような気分だ。すべてが先生の注意を引くための、下品なパフォーマンスにしか見えなかった。
(汚い。泣くな。その不潔な涙で、先生の視界を塞がないでよ。)
彼女が泣けば泣くほど、先生の言葉が浪費されていく。
ぼくだけが知っているはずの、あの『つかねえ』と零した先生の素顔。
それが、こんな無価値な涙のために使われていることが、許せなかった。
『……維月。なぜ、あんなことをした?』
先生の声がした。けれど、今のぼくの耳には何も届かなかった。
先生の口から放たれる「正論」という名のノイズで、ぼくの中に残っている昨日の低い声を上書きされたくなかったんだ。
ぼくたちは誰もいない教室で、話し合うことになった。
泣いている「被害者」の女子と、それを冷めた目で見る「加害者」のぼく。
先生が女子をなだめる手つきも、その声も。ぼくの時とは違う、あれは単なる『作業』だ。そう必死に自分に言い聞かせた。
「うっ……ひぐっ……」
女子の鼻をすする音が、静かな空間に反響する。
その音を聞きながら、ぼくは猛烈な生理的嫌悪に襲われていた。
涙で濡れた彼女のまつ毛には、安っぽいマスカラがダマになって付着している。真面目なふりして、校則違反だ。
泣けば許される。泣けば誰かが守ってくれる。そんな『特権性』が透けて見えて、反吐が出た。
彼女の涙は、感情の昂ぶりなんかじゃない。自分を被害者の椅子に固定するための、狡猾な計算だ。赤く腫れた鼻先も、震える肩も。顕微鏡で覗く微生物の蠢きを見ているような気分だ。すべてが先生の注意を引くための、下品なパフォーマンスにしか見えなかった。
(汚い。泣くな。その不潔な涙で、先生の視界を塞がないでよ。)
彼女が泣けば泣くほど、先生の言葉が浪費されていく。
ぼくだけが知っているはずの、あの『つかねえ』と零した先生の素顔。
それが、こんな無価値な涙のために使われていることが、許せなかった。
『……維月。なぜ、あんなことをした?』
先生の声がした。けれど、今のぼくの耳には何も届かなかった。
先生の口から放たれる「正論」という名のノイズで、ぼくの中に残っている昨日の低い声を上書きされたくなかったんだ。
