先生が他の女子と話す一秒一秒を、ぼくは赤い紙を破ることで塗りつぶしていく。
千切れた断面から微かな糊の匂いが立ち上り、目に見えないほど細かい赤い粉末が、ぼくの指先にべったりと付着した赤い粉末。
先生が女子の元へ行くのを見ながら、ぼくはその指をそっと口に含んだ。
苦くて粉っぽい、紙の味。
(見てよ、先生。ぼくの手は、こんなに汚れているんだよ……)
(早く、先生の「黒」で上書きしてほしい。)
破り、丸め、潰す。
先生に触れてもらえない寂しさを、赤い紙の死骸が身代わりに引き受けていた。机の上に積み上がる無惨な紙屑の山は、ぼくの心の欠片そのものだった。
「ねえ、それゴミが増えるんだけど。折り紙の使い方、間違えてるし」
横にいた眼鏡の女子が嫌味を投げた。
ぼくにとっては存在を否定されたも同然だった。
「……っさ」
「何? 聞こえないんだけど」
女子が耳をこちらに傾け、眉を潜める。
「……うっさいっつってんだよ!」
苛立ちに任せ、彼女の机を蹴り飛ばした。
机が派手な音を立てて滑り、保健体育の教科書とノートが床に散らばる。
「は!? 何すんのよ……っ」
女子が泣き出した。
異変に気づいた清水先生が歩み寄ってくる。
ぼくの指先にべったりと付着した赤い粉末。
先生が女子の元へ行くのを見ながら、ぼくはその指をそっと口に含んだ。苦くて粉っぽい、紙の味。
(早く、先生の「黒」で上書きしてほしい。)
先生はまず、泣いている女子の元へ駆け寄った。
『……大丈夫。怪我は無いな』
一般の人は、相手が困っている時に「大丈夫?」と疑問形で聞きがちだ。けれど、それでは相手に「答える」という作業を強いてしまう。
先生は『大丈夫』と、断定して伝えた。
相手はただその言葉を「受け取る」だけでいい。相手の現状を肯定し、思考の停止を許してあげる。その完璧なメカニズムに基づく対応に、ぼくはまた惹かれてしまった。
先生はぼくを叱るより先に、静かに机を戻し、散らばった教科書を綺麗に揃えた。
『……廊下で話し合おうか』
その声は、教室の喧騒を切り裂いてぼくだけに届いた。
罰を与えられる。その甘美な予感に、蹴り飛ばした足の先がまだ熱く痺れていた。
先生が言ったのと同時に、スライド式のドアが開く音が響く。体育への教科変更を知らせる別の教師の声が聞こえ、教室に歓喜と落胆の入り混じった騒がしさが戻った。
『体育の時間に悪いが、二人から話を聞こう』
ぼくと女子は、小さく頷いた。
千切れた断面から微かな糊の匂いが立ち上り、目に見えないほど細かい赤い粉末が、ぼくの指先にべったりと付着した赤い粉末。
先生が女子の元へ行くのを見ながら、ぼくはその指をそっと口に含んだ。
苦くて粉っぽい、紙の味。
(見てよ、先生。ぼくの手は、こんなに汚れているんだよ……)
(早く、先生の「黒」で上書きしてほしい。)
破り、丸め、潰す。
先生に触れてもらえない寂しさを、赤い紙の死骸が身代わりに引き受けていた。机の上に積み上がる無惨な紙屑の山は、ぼくの心の欠片そのものだった。
「ねえ、それゴミが増えるんだけど。折り紙の使い方、間違えてるし」
横にいた眼鏡の女子が嫌味を投げた。
ぼくにとっては存在を否定されたも同然だった。
「……っさ」
「何? 聞こえないんだけど」
女子が耳をこちらに傾け、眉を潜める。
「……うっさいっつってんだよ!」
苛立ちに任せ、彼女の机を蹴り飛ばした。
机が派手な音を立てて滑り、保健体育の教科書とノートが床に散らばる。
「は!? 何すんのよ……っ」
女子が泣き出した。
異変に気づいた清水先生が歩み寄ってくる。
ぼくの指先にべったりと付着した赤い粉末。
先生が女子の元へ行くのを見ながら、ぼくはその指をそっと口に含んだ。苦くて粉っぽい、紙の味。
(早く、先生の「黒」で上書きしてほしい。)
先生はまず、泣いている女子の元へ駆け寄った。
『……大丈夫。怪我は無いな』
一般の人は、相手が困っている時に「大丈夫?」と疑問形で聞きがちだ。けれど、それでは相手に「答える」という作業を強いてしまう。
先生は『大丈夫』と、断定して伝えた。
相手はただその言葉を「受け取る」だけでいい。相手の現状を肯定し、思考の停止を許してあげる。その完璧なメカニズムに基づく対応に、ぼくはまた惹かれてしまった。
先生はぼくを叱るより先に、静かに机を戻し、散らばった教科書を綺麗に揃えた。
『……廊下で話し合おうか』
その声は、教室の喧騒を切り裂いてぼくだけに届いた。
罰を与えられる。その甘美な予感に、蹴り飛ばした足の先がまだ熱く痺れていた。
先生が言ったのと同時に、スライド式のドアが開く音が響く。体育への教科変更を知らせる別の教師の声が聞こえ、教室に歓喜と落胆の入り混じった騒がしさが戻った。
『体育の時間に悪いが、二人から話を聞こう』
ぼくと女子は、小さく頷いた。
