――あんなに最高で濃密な時間を過ごしたのに、翌朝の先生はまた『みんなの先生』に戻っていた。
数学の授業が終わり、清水先生が教壇を降りる。
使い込まれたタブレット、端の捲れた教科書、どこにでも売っていそうなポーチ型の筆箱。それらを抱えて移動する先生に、空気が読めない女子たちが群がっていた。
今日を含め、もう五十六回も見慣れた光景だ。
先生の時間を一秒でも奪う不純物は、すべてぼくが記録し、消去してやりたかった。
例えば、十二回目の時。
廊下で待ち伏せていた女子が、相談事と称して先生の腕に触れた。その拍子に先生のワイシャツの袖へわずかな皺が寄ったのを、ぼくは三メートル離れた位置からでもはっきり視認していた。
あるいは、三十四回目の時。
掃除中の女子が先生の眼鏡を指差し、下品な愛想を振りまいた。先生は『ありがとう』と返したが、そのトーンは掲示板の文字を読み上げるよりも無機質だった。
ぼくはそのすべてを、脳内の目録に刻み込んでいる。
彼女たちがいくらスカートを翻し、甘ったるい香水を振りまこうと、先生の『完璧』を揺らすことなんてできない。彼女たちの言葉は、先生という高性能な計算機に放り込まれるノイズに過ぎないのだ。
ぼくは窓側の席から、その光景をゴミでも踏み潰すような目で見つめる。
手元には、一枚の赤い折り紙。
折っているのではない。ぼくはそれを小さく引きちぎり、執拗に指先で丸め潰していた。赤い紙屑は、まるでバラバラに解体された心臓の欠片のようにも見えた。
ぼくはそれを机の隅に積み上げながら、掌に残る「ボールペン」という文字の重みを確認する。
ピリ、と乾いた音を立てて赤い繊維が断裂する。指先に伝わる和紙の抵抗感が、ぼくの脳の芯を静かに痺れさせた。
数学の授業が終わり、清水先生が教壇を降りる。
使い込まれたタブレット、端の捲れた教科書、どこにでも売っていそうなポーチ型の筆箱。それらを抱えて移動する先生に、空気が読めない女子たちが群がっていた。
今日を含め、もう五十六回も見慣れた光景だ。
先生の時間を一秒でも奪う不純物は、すべてぼくが記録し、消去してやりたかった。
例えば、十二回目の時。
廊下で待ち伏せていた女子が、相談事と称して先生の腕に触れた。その拍子に先生のワイシャツの袖へわずかな皺が寄ったのを、ぼくは三メートル離れた位置からでもはっきり視認していた。
あるいは、三十四回目の時。
掃除中の女子が先生の眼鏡を指差し、下品な愛想を振りまいた。先生は『ありがとう』と返したが、そのトーンは掲示板の文字を読み上げるよりも無機質だった。
ぼくはそのすべてを、脳内の目録に刻み込んでいる。
彼女たちがいくらスカートを翻し、甘ったるい香水を振りまこうと、先生の『完璧』を揺らすことなんてできない。彼女たちの言葉は、先生という高性能な計算機に放り込まれるノイズに過ぎないのだ。
ぼくは窓側の席から、その光景をゴミでも踏み潰すような目で見つめる。
手元には、一枚の赤い折り紙。
折っているのではない。ぼくはそれを小さく引きちぎり、執拗に指先で丸め潰していた。赤い紙屑は、まるでバラバラに解体された心臓の欠片のようにも見えた。
ぼくはそれを机の隅に積み上げながら、掌に残る「ボールペン」という文字の重みを確認する。
ピリ、と乾いた音を立てて赤い繊維が断裂する。指先に伝わる和紙の抵抗感が、ぼくの脳の芯を静かに痺れさせた。
