穢れの軍神と縁の花嫁

 静寂を切り裂くように、瘴狼たちの唸り声が響いた。後ろに下がった瘴狼たちは一定の距離を保ったままだ。けれど、敵意に満ちた紅い眼で衝動を抑えるように、ふたりの周囲をぐるりと囲んでいる。

 「あの、もしこのあやかしたちが普通の狼と同じなら……群れを率いている長がいるのではないでしょうか……?」

 みづきの言葉に、朔哉の瞳が鋭く細められる。

 「……だとしたら、あれだな」
 「え?」
 「あの一頭だけ、他の個体より首と尾の位置が高い。それに群れを見渡せる場所から動いていない」

 軍刀を拾い上げた朔哉の眼差しは、冷徹な軍神に戻っていた。

 「よく教えてくれた。君は俺の後ろにいてくれ」

 朔哉が大きく一歩を踏み込む。
 振り上げた軍刀は、狙いを定めた瘴狼の長を一閃した。

 朔哉が流れるような動作で刀を鞘に収めると同時に、あやかしは光の塵となって弾け飛んだ。
 すると町を蹂躙していたすべての瘴狼たちもまた、糸が切れた人形のように動きを止めたかと思うと、次々に塵となって風の中へ消えていった。

 「立てるか?」

 朔哉はみづきの前に跪き、手を差し伸べる。
 けれど、みづきはその手を反射的に取ることができなかった。泥にまみれた自分の手を見つめたまま、小さく身を震わせる。

 そんなみづきをじっと見下ろしたまま、朔哉が静かに口を開いた。

 「君は、桜沢(おうさわ)村の生き残りだね?」

 予想していなかった言葉に、みづきは顔を上げた。

 桜沢というのはみづきの故郷の村の名前だ。
 でもどうしてそのことを。村の名前だけではない。なぜ、ひとり生き残ったのがみづきだと知っているのか。

 「君については軍部に情報が上がっていた。俺はその真偽を確かめるために、この羽倉へ向かっていたところだったんだ」
 「え……?」
 「あやかしの襲撃によって村が滅びたにも関わらず、傷ひとつ負わずに生還した少女がいると」

 心臓が、一気にバクバクと激しく音を立てた。

 (私を調べに来た。本当に災いを呼ぶ『化け物』かどうか確かめるために……?)

 結局、この人も他の人たちと同じなのだ。

 「……私はやっぱり、化け物なんでしょうか」

 周囲を見渡せば、あやかしから命を救われたの町の人たちは誰ひとりとして近づいてこようとせず、ただ遠巻きに黙って見つめていた。

 『この化け物が!!』

 あの声が、今も耳の奥にこびりついて離れない。

 「みんな私があやかしを呼んだって……私があやかし憑きで、化け物だから」

 これほどの惨事になってしまった今、もうこの羽倉にはいられない。
 答えなんて知りたくなかった。その事実を突きつけられて、これからどう生きていけばいいだろう。

 「それは違う」

 朔哉は、間を置かずに首を横へ振った。

 「でも……」

 朔哉はたった今、その目で見たはずだ。
 あやかしがみづきだけを襲わずにいた、あの異様な光景を。

 「帝都にある軍部から羽倉までは馬車を急がせても二時間はかかる。あやかしが出現してから動いたのでは手遅れだった。ここへ向かっていたのは、君が俺をここまで引き寄せてくれたからだ」

 彼の揺るぎない漆黒の瞳に、泥と涙にまみれた自分の姿が映り込んでいる。

 「だから君があやかしを呼んだんじゃない、逆だ。君がこの町にいてくれたから間に合った。君がいなければ、この町は今頃全滅していただろう。それに君は瘴狼の動きを止め、群れの弱点も見つけた。そして俺のことも――」

 朔哉は包帯が巻かれた自分の左腕に触れた。

 「君がいたから、俺も、ここにいる多くの人たちも助かったんだ」

 (私がいたから助かった……?)

 そんなこと、考えたこともなかった。故郷をなくしてから、自分の存在に意味があると言ってくれた人は初めてだった。
 張り詰めていた何かが決壊したように、ぼろぼろと涙があふれる。
 泣きじゃくる子どもみたいに嗚咽が止まらない。

 朔哉は頬を伝う涙を優しく拭った。