穢れの軍神と縁の花嫁

 黒紫の光が、正門前に残る術式から弾けた。
 次の瞬間、朔哉の身体から噴き上がった瘴気が、黒い嵐となって広がる。

 「――っ!」

 みづきは咄嗟に腕で顔を覆った。肌を切り裂くような風に煽られ、身体が後ろへ押し流される。踏みとどまろうとしても、足袋の裏が石畳を滑った。

 「みづきさん!」

 背後から静馬に肩を支えられ、どうにか倒れずに済む。

 それでも、みづきは朔哉から目を離さなかった。

 正門前の中央。黒い瘴気のただ中に、朔哉が立っている。

 つい先ほど、指先が触れそうになった瞬間、瘴気はわずかに勢いを失った。、二度目の禁術を受けた今、その姿はさらに人のものから遠ざかっていた。

 黒い鱗は左腕から肩を越え、首筋へと広がっている。裂けた軍服の襟元から覗く肌にも、禍々しい黒い筋が脈打っていた。赤く染まった瞳は細く裂け、口元からは鋭く伸びた牙が覗く。喉から漏れるのは、人の声ではなく、傷ついた獣のような低い唸りだった。

 「朔哉さん……」

 呼びかけても、反応はない。

 みづきの左手には、狐の根付が握られていた。静馬と正門へ向かって走っていた途中、赤い組紐が切れ、地面へ落ちたものだ。拾い上げた時、陶器の首のあたりにひびが入っていた。その時に胸を襲った嫌な予感が、今、目の前で現実になっている。みづきは根付を失くさないよう、切れた組紐を指へ絡めた。

 「見ろ!」

 鷲宮の声が、動揺する兵士たちの上へ響き渡った。

 「これが、軍神と称えられた五百森朔哉の正体だ! 人の姿を装い、軍へ紛れ込んでいただけの化け物ではないか!」

 化け物。その言葉が、みづきの胸を深く抉った。

 何度も聞いてきた言葉だった。村を滅ぼした災いの娘。あやかし憑き。人ならざるもの。生きているだけで、周囲へ害をなす化け物。かつて自分へ向けられた言葉が、今度は朔哉へ向けられている。

 「違う……朔哉さんは、化け物なんかじゃない」

 その声は、兵士たちのざわめきにかき消された。