穢れの軍神と縁の花嫁

 最強の軍神に訪れた、一瞬の、けれど致命的な隙。
 瘴狼たちは好機を悟ったかのように、動けずにいる朔哉を取り囲むように集まり牙を剥く。朔哉は荒い息を吐き痛みに耐えながらみづきを見た。

 「早く、君はここから逃げろ……っ」

 「――っ、」

 また目の前で、誰かが死ぬ。
 自分をかばい逃がそうとしてくれている人が。

 (これ以上、誰も死んでほしくない……っ)

 朔哉を取り囲んだ瘴狼たちが一斉に飛び掛かった。
 鋭い牙が動けずにいる彼の体を喰らう――その最悪の光景が浮かんだ時、みづきは本能のままに叫んでいた。

 「やめて――っ!!」

 その瞬間、瘴狼たちの動きが止まった。
 目に見えない壁にでも阻まれたように地面に着地すると、一頭、また一頭と、群れ全体が怯えたように後ろへと身を引いていく。

 (あやかしは自分を襲わない。それならあの人のところへ行けるはず……!)

 そう確信したみづきは、震える足に力を込めるとなりふり構わず地面を蹴った。あやかしの群れの間をすり抜けて、苦しげに片膝をつく朔哉のもとへ駆け寄った。

 「大丈夫ですか、しっかりしてください……!」

 みづきは包帯が巻かれたその腕に、縋りつくように触れた。

 「駄目だ、触るな……!」

 拒もうとする声にも、みづきは首を振った。
 異様な瘴気が噴き出しているその光景も、それに触れることも、不思議と怖くなかった。
 ただ、目の前で苦しむこの人を助けたい。死んでほしくない。

 (お願い……!)

 ドクン、と。
 朔哉の左腕が脈打つ音が、みづきの耳にまで届いた。

 次の瞬間、みづきの手から眩い白光が溢れ出し、朔哉の腕を包み込んだ。
 纏っていた瘴気は、まるで墨のように光の中に溶け合っていき、みるみるうちに粒子となって霧散していく。

 「これはいったい……」

 朔哉の荒い呼吸は、もうおさまっていた。
 代わりに短く息をのむと、信じられないものを見るような目でみづきをじっと見つめている。