穢れの軍神と縁の花嫁

 ****

 意識の底で、愛おしい声を聞いた。
 遠いのか近いのか、分からない。ただ、聞き覚えのある、懐かしい声だと思った。

 ――みづき。

 名前が、意識の中で形を結ぶ。

 夕食までには追いつくよ、と自分がそう言ったことを思い出した。

(まだ、約束を果たしていない……)

 朔哉は目を開くと、赤く滲んだ視界の中にみづきが立っていた。瘴気に晒されて顔が青ざめている。それでも、逃げない。真っ直ぐに、こちらを見ている。

 朔哉は目を開くと、赤く滲んだ視界の中にみづきが立っていた。
 瘴気に晒され、顔が青ざめている。細い身体は風に煽られ、今にも倒れそうだった。
 それでもまっすぐに、こちらを見ている。

 ぶわりと噴き上がっていた瘴気が、わずかに勢いを失った。
 
「来るな……」

 朔哉は声を絞り出す。

 来てほしい。触れてほしい。
 それでも、自分が彼女を傷つけるくらいなら、今すぐ逃げてほしい。
 相反する願いが胸の中で引き裂き合う中で、朔哉は震える左腕を、ゆっくりと前へ伸ばした。

朔哉は震える左腕を、ゆっくりと前へ伸ばした。
異形の指が、みづきの方へ向かう。爪ではない。手のひらを、上へ向けて。

祭りの日、人混みの中で包んだ手。
あの温もりを求めるように、朔哉は手を届かせようとした。

 みづきが息をのむのがわかった。それでも、彼女は迷わずに手を伸ばしてくる。

 指先が、触れそうになった――その瞬間。

「まだ理性が残っているか」

鷲宮の声が、ふたりの間へ割り込んだ。

 鷲宮が合図を送ると、背後に控えていた兵士が懐から取り出し黒い符を、鷲宮へ差し出した。

「やめろ……っ」

 掠れて、声はほとんど出なかった。
 鷲宮は符を宙へ放り投げると、腰の軍刀を引き抜いた。

 刃が、空中の符を一閃する。

 黒紫の光が弾けた。
 地面を這う術式が、先ほどとは比べものにならない速さで広がっていく。

「うあああ―――っ!」

 朔哉の絶叫が、曇天の空を揺らした。