穢れの軍神と縁の花嫁

 翌朝。
 みづきは早くに目が覚め、寝間着からいつもの着物へと着替えてすぐに裏庭へと向かった。
 朝靄の残る五月の空気は、少しひんやりとしていて心地いい。

 ――おぬしは珍しい。縁を結ぶ娘だ。

 昨夜、羅刹に言われた言葉が、まだ頭の中に残っている。

 (そんな力が、私に……?)

 故郷の山でも動物に懐かれることは多かった。怪我をした小鳥を拾ったり、迷い込んだ子鹿がみづきの後をついてきたこともある。
 それはただ、山で育ったから動物の気配に聡いだけで、特別なことだとは思っていなかった。
 でも、もしそれが本当に羅刹の言う通りのものなのだとしたら。

 考え事をしながら裏庭を抜けると、古い蔵が見えてくる。その先にあるはずの、朔哉が作ってくれた手作りの小屋へと向かう。

 「いない……」

 覗くと、中はもぬけの殻だった。敷き詰めておいた藁は乱れているだけで、仙狸の姿はない。ここを気に入ってくれたと思ったけれど、もうどこかへ行ってしまったのだろうか。そう思うと、ほんの少し寂しい。

 「そう落ち込むでない」
 「ひゃっ!?」

 驚いて振り返ると、蔵の屋根の上に羅刹が止まっていた。
 今日は鳥の姿に戻っていて、黒い羽を整えながらこちらを見下ろしている。

 「羅刹さん……!驚かさないでくださいよ」
 「油断しておるお主が悪い」

 くちばしから聞こえるその声は相変わらず威厳にあふれている。

 「あのあやかしなら、もうおらん」
 「やっぱり、どこかへ行ってしまったんですね」
 「仙狸じゃからな、あやつらは気ままなものよ。居たい時に居たい場所に行く。それだけのこと」
 「また、会えるでしょうか」

 ぽつりと呟いたみづきの問いに、羅刹はゆっくりと羽を広げる。

 「縁を結んだのだから、また来る」

 (縁を結ぶ力……)

 人だけじゃない。獣もあやかしも、命あるものすべてと結ぶ縁。
 みづきはからっぽの小屋を見つめる。

 「ありがとうございます」
 「礼を言われるほどではない」

 羅刹はフン、と小さく鼻を鳴らすと、飛び立っていった。