その日の夜。
みづきは布団に入ってもなかなか寝付けずにいた。
目を閉じれば、昼間の出来事――膝に伝わってきた朔哉の頭の心地よい重みや、頬を優しくなぞった指先の熱が、鮮明に蘇ってきてしまう。いくら寝返りを打っても心臓の音がうるさくて、みづきは諦めて起き上がった。
少し冷たい水でも飲んで、この火照った身体を落ち着かせよう。
部屋を出て、月明かりだけが頼りの静まり返った廊下をパタパタと歩いていた、その時だった。
角を曲がった先、夜の闇に溶け込むようにして、一人の老人が佇んでいるのが見えた。
白い髪に、どこか超然とした雰囲気をまとった、見覚えのない老人。五百森家で働く人の中に、あんなお年寄りはいただろうか。
みづきが足を止め、戸惑いながらも見つめていると、老人がゆっくりとこちらを振り返った。その鋭い眼光に、はっと息をのむ。
「……もしかして、羅刹さん、ですか?」
昼間見た鳥の姿とも、ひよこ姿とも違う。
けれど、羅刹がさまざまな姿を取れることはもう驚かなかった。羅刹はふんと鼻を鳴らし、腕を組む。
「いかにも。この姿で言葉を交わすのは初めてだったな」
「あ、はい……」
本当に羅刹だったのだと安堵すると同時に、昼間のことがよぎった。自分の浅はかさで、彼らのことを危険に晒していたかもしれなかったのだから。
「あの……昼間は本当にごめんなさい……羅刹さんたちにも、ご迷惑をかけてしまいました」
「なに、構わん。あんなネコダヌキごときに怯えるようなわしではない。朔哉とも話はついておる。わしが今さらとやかく言うことではない」
「羅刹さん……」
だが、羅刹は腕を組んだまま、じっと品定めをするように琥珀色の目を細め、みづきを見つめてくる。
「それよりも、お主は昔からそうだったのではないか?」
「え?」
「お主の周りには、昔からやたらと動物や鳥やらが集まってきたのではないか、と聞いておる」
言われてみれば、思い当たる節はある。子どもの頃から山で暮らす動物たちはすぐに懐いたし、時にはどこからか木の実を咥えて持ってきてくれることもあった。
「……確かに、そうだったかもしれません」
「それはただの偶然ではない。狐の子が懐き、仙狸が寄りつき、凶悪なあやかしすらお主を畏怖する」
みづきは無意識に自分の手のひらをぎゅっと握った。じわりと汗がにじんでいる。
「昔、聞いたことがある。人、動物、あやかし――命あるものすべてと、不思議な縁を結んでしまう力についてな」
「命あるものすべてと……縁を……?」
羅刹は、すべてを見透かすような瞳でみづきを覗き込む。
「お主は珍しい――『縁(えにし)を結ぶ娘』だ」
みづきは布団に入ってもなかなか寝付けずにいた。
目を閉じれば、昼間の出来事――膝に伝わってきた朔哉の頭の心地よい重みや、頬を優しくなぞった指先の熱が、鮮明に蘇ってきてしまう。いくら寝返りを打っても心臓の音がうるさくて、みづきは諦めて起き上がった。
少し冷たい水でも飲んで、この火照った身体を落ち着かせよう。
部屋を出て、月明かりだけが頼りの静まり返った廊下をパタパタと歩いていた、その時だった。
角を曲がった先、夜の闇に溶け込むようにして、一人の老人が佇んでいるのが見えた。
白い髪に、どこか超然とした雰囲気をまとった、見覚えのない老人。五百森家で働く人の中に、あんなお年寄りはいただろうか。
みづきが足を止め、戸惑いながらも見つめていると、老人がゆっくりとこちらを振り返った。その鋭い眼光に、はっと息をのむ。
「……もしかして、羅刹さん、ですか?」
昼間見た鳥の姿とも、ひよこ姿とも違う。
けれど、羅刹がさまざまな姿を取れることはもう驚かなかった。羅刹はふんと鼻を鳴らし、腕を組む。
「いかにも。この姿で言葉を交わすのは初めてだったな」
「あ、はい……」
本当に羅刹だったのだと安堵すると同時に、昼間のことがよぎった。自分の浅はかさで、彼らのことを危険に晒していたかもしれなかったのだから。
「あの……昼間は本当にごめんなさい……羅刹さんたちにも、ご迷惑をかけてしまいました」
「なに、構わん。あんなネコダヌキごときに怯えるようなわしではない。朔哉とも話はついておる。わしが今さらとやかく言うことではない」
「羅刹さん……」
だが、羅刹は腕を組んだまま、じっと品定めをするように琥珀色の目を細め、みづきを見つめてくる。
「それよりも、お主は昔からそうだったのではないか?」
「え?」
「お主の周りには、昔からやたらと動物や鳥やらが集まってきたのではないか、と聞いておる」
言われてみれば、思い当たる節はある。子どもの頃から山で暮らす動物たちはすぐに懐いたし、時にはどこからか木の実を咥えて持ってきてくれることもあった。
「……確かに、そうだったかもしれません」
「それはただの偶然ではない。狐の子が懐き、仙狸が寄りつき、凶悪なあやかしすらお主を畏怖する」
みづきは無意識に自分の手のひらをぎゅっと握った。じわりと汗がにじんでいる。
「昔、聞いたことがある。人、動物、あやかし――命あるものすべてと、不思議な縁を結んでしまう力についてな」
「命あるものすべてと……縁を……?」
羅刹は、すべてを見透かすような瞳でみづきを覗き込む。
「お主は珍しい――『縁(えにし)を結ぶ娘』だ」

