穢れの軍神と縁の花嫁

 小屋作りを終えたあと、みづきは湯呑みを載せた盆を手に、縁側へ向かった。
 庭に面したそこには朔哉が腰を下ろしている。夕陽がゆっくりと傾き始めて、柔らかな光が横顔を照らしていた。

 「お疲れさまでした、朔哉さん」
 「ありがとう。大工仕事なんてほとんどしたことがなかったからね、思った以上に手間取ってしまったけど」

 朔哉は苦笑しながら、お茶を一口飲んだ。いつも隙のない朔哉の目元には、かすかな疲れが浮かんでいる。確かに、金づちで釘を打ち込んでは曲げてしまい、悪戦苦闘していた姿を思い出す。何でも器用にこなす人だと思っていたから、正直意外だった。

 「今笑ったね?」
 「そんなことないです……っ」

 慌ててぶんぶんと首を横に振ると、朔哉は悪戯っぽく笑った。

 「リツとはね。二年前に穢野の調査に向かった時に出会ったんだ」
 「穢野で……?」
 「ああ。当時、その地域ではあやかしの目撃情報が相次いでいて、討伐軍として何度か調査に入った。その時に見つけたのがリツだった」
 「リツくんひとりだけだったんですか?」
 「そうだ。ただ、不思議なことに部下たちは誰も気づかなかった。俺には見えてたんだけど」

 朔哉は少しだけ懐かしそうに目を細める。

 「リツは狐のあやかしだからね。他人には別のものに見えるように化けていたのかもしれない」
 「そんなことができるんですか?」
 「わからない。一度聞いたことがあるけどはぐらかされたよ」

 みづきも思わず笑ってしまう。
 『おしえなーい!』と言いながらおかしそうに走っていくリツの姿を、ありありと想像できたから。

 「調査へ行くたびに姿を見せて、三回目には完全に懐かれてしまってね」
 「それで、お屋敷へ?」
 「ああ。その頃から考えるようになった。人とあやかしは、本当に敵同士でしかいられないのかと」

 朔哉の根底にある優しさの正体が、少しわかったような気がした。

 「あの、朔哉さん。今日は、本当に……」

 お礼を言いたくて、けれどそれ以上に朔哉の優しさに胸がいっぱいになって、みづきは言葉を詰まらせた。

 「もう謝らなくてもいいと言っただろう?」
 「でも……」

 申し訳なさで縮こまるみづきを見て、朔哉はいたずらっぽく口角を上げた。

 「それならひとつ、お礼をもらってもいいかな」
 「お礼、ですか?」

 自分にできることなら、と身を乗り出しかけた次の瞬間。
 朔哉はすっと縁側で身体を横に倒すと、正座をしていたみづきの太ももの上へ、ためらいなく頭を預けてきた。

 「――っ!?」

 太ももに感じる、確かな重みとと温もり。

 (こ、これって膝枕……!?)

 「さ、朔哉さん……っ!? あの、これはちょっと……!?」

 慌てて退こうとするみづきを、朔哉は下から見上げるようにして、じっと見つめてきた。

 「どうして。仙狸には許していたのに?」

 下から見上げる漆黒の瞳が、どこか不満そうに見えるのは自分の気のせいだろうか。

 動揺に震えるみづきの手を、朔哉の大きな手がそっと包み込んだ。
 もう片方の手がゆっくりと伸びてきて、先ほど仙狸に舐められた頬を、指先で確かめるようになぞる。触れられた場所が、じわじわと熱い。

 「君は、本当に……」

 朔哉は低く呟くと、そのまますうっと静かに目を閉じてしまった。

 「え……?もう寝ちゃったんですか……!?」

 声をかけてみたけれど、規則正しい寝息が返ってくるだけだった。

 夕暮れの風が吹き抜ける。
 膝の上には、穏やかな寝顔。
 その重みを感じるたびに、心臓が落ち着かない。
 心臓の音が朔哉に聞こえてしまうのではないかとハラハラしながら、みづきは真っ赤な顔のまま、そっと空を見上げたのだった。