穢れの軍神と縁の花嫁

 「猫又は聞いたことがある?」
 「あ……はい。確か尻尾が二本にわかれている……?」
 「その猫又の起源といわれているのが仙狸だ。ただこの国で、しかもこんな人里に現れるとは思わなかった」

 朔哉の腕の中におさまっている猫――仙狸は、自分が話題にされているのがわかっているかのように悠然と尻尾を揺らした。

 「この子は危険なあやかしなんですか?」
 「危険なあやかしになりうる、という方が正しいかな。仙狸は非常に長命で、生きていくうちに人の言葉を理解し、その力や知恵をどんどん蓄えていく。いい知恵も、悪い知恵もね。少なくとも今は害意を感じない」

 そう言って、朔哉は少しだけ目元を和らげた。

 「ところで、君はさっきから羅刹たちの気配がないことに気づいている?」

 水を向けられ、みづきはハッとして周囲を見回した。
 言われてみれば、いつもなら賑やかに庭を駆け回っているリツも、その傍らにいる羅刹も姿が見当たらない。

 「羅刹は鳥だから猫と相性が悪いんだ。もちろん羅刹は弱くはないが性質的な相性というものがある。リツもそうだ。狐と猫は野生でも近しい存在だから、格上の仙狸が現れたことで本能的に警戒しているのかもしれない。だから、俺の一存ではこの屋敷に置くとは決められないんだ」

 (私……なんて甘えた考えをしていたんだろう)

 ただ「かわいそうだから」「自分に懐いてくれたから」という一方的な感情だけで、お屋敷で飼いたいなんて口にしてしまった。流民の自分を受け入れてくれた朔哉の優しさに甘えて、先にここで暮らしているリツや羅刹の気持ちを、何一つ考えていなかった。
 自分が受け入れてもらえたように、この仙狸も受け入れてもらえるはずだと、どこかで簡単に考えてしまっていた。
 そのことに気づいて、みづきは拳を握り締めて俯いた。

 「ごめんなさい……私、そんなつもりじゃなくて……」

 消え入りそうな声で謝るみづきの視界に、軍服の袖が映った。
 朔哉がそっと手を伸ばし、俯くみづきの髪を慰めるようにゆっくりと撫でる。

 「君は優しさで、この猫が放っておけなかったんだろう?」

 包み込むような、どこまでも穏やかな声。
 もっと責められてもおかしくないのに、どこまで優しいのだろう。

 「この子が君に大人しく抱かれていたのも、君が最初から優しく接したからだろう。仙狸は相手の心を映すからね。人間の優しさに触れることで、仙狸はいいあやかしのままでいてくれるかもしれない」

 朔哉は、みづきの期待を裏切ったのではない。
 みんなを守りながら、みづきの願いも叶えようとしてくれている。

 「……どうするのが一番いいんでしょうか」

 この仙狸にとっても、リツや羅刹にとっても、みんなが一番幸せになれる方法を見つけたい。

 「そうだな……一ヵ所で飼い慣らすよりも、ふらりとどこかへ行ってはまた戻ってくる……という生き方のほうが、仙狸の性質にも合っている気がする」

 朔哉は腕の中の猫を見つめ、それから前を見据えた。

 「羅刹やリツの意見も聞いてみよう。羅刹は長命だからね、何かいい知恵を貸してくれるかもしれない」