穢れの軍神と縁の花嫁

 「……来た!」

 並木道の向こう側からこちらへ向かって歩いてくる、背の高いふたつの影が見えた。
 黒の軍服に、胸元や肩に施された勲章がきらりと反射する。

 「あ……」

 みづきは、その姿にすぐに見覚えがあった。羽倉であやかしに襲われた時、朔哉が指示を出していたふたりだ。

 「まあ!静馬さんじゃありませんか!?」

 みづきの隣で、紗世が両手を頬に当てて大げさに驚いて見せる。もちろんこれは演技だ。

 「ああ、お久しぶりですね紗世さん」

 静馬は眼鏡のブリッジに触れながら挨拶をする。

 「静馬さんは警邏中ですか?こんな広い帝都で会えるなんて、すごい偶然ですね!」
 「ええ。紗世さんたちは買い物ですか?」

 紗世はキラキラとした目で静馬を見つめている。その隣にいる暁斗など目に入っていないようで「俺の存在は無視かよ……」とぼやいたのが、みづきには聞こえた。

 「偶然……って、んなわけねぇだろ。お前、毎回毎回俺たちの警邏予定をどっから手に入れて――ぶふっ!?」
 「あら、久我少尉もいらしたんですね?」

 完璧な笑顔のまま、紗世が暁斗の軍靴を思いっきり踏んづけたのをみづきは見た。あまりの痛さにその場にうずくまる暁斗を見下ろしながら、みづきは咄嗟に声をあげそうになるのを、風呂敷包みで抑える。
 恋する乙女にかかれば、討伐軍のNo.2でさえ無力化できてしまうらしい。

 「暁斗、どうしたんだ急にうずくまって。腹痛ですか?」
 「なんでもねえよ……」
 「そうですよ。お気になさらず、静馬さん」
 「おい紗世、お前なあ!」

 涙目で睨んでくる暁斗を完全に無視して、きらきらした視線を静馬へ戻す紗世。
 静馬はうずくまる親友を不思議そうに見下ろしつつも、みづきの方へと視線を向ける。

 「……あなたは、もしかして羽倉の時の?」
 「あっ、はい。花菱みづきといいます。五百森家のお屋敷でお世話になっていまして」

 みづきはぺこりと一礼する。

 「五百森少佐の副官を務めております、美凪静馬です」
 「……ああ。あんたが例の」

 ようやく立ち上がった暁斗も、みづきへ視線を向けた。
 例の、という言葉にみづきはドキリとする。自分は軍部で調査対象になっていて、そのために朔哉たちは羽倉に向かっていた。やはり彼らの間では話が伝わっているのかもしれない。

 どこか含みのある視線に、ぎゅっと風呂敷包みを持つ手に力が入る。
 そんなみづきを見て、暁斗はふっと表情を和らげた。

 「そうか、今は五百森家にいるのか。まあ、あそこなら安心だな」

 暁斗はそれ以上追及せず、静馬も「そうですね」と同調した。

 「今まではいつ帰っているのかわからないくらい、四六時中軍部に泊まり込んでいたような方ですからね、少佐は。それが最近は決まった時間に屋敷へ戻られるようになりましたし」
 「そうそう。おかげで俺たちの残業も減って大助かりってわけ」

 暁斗が白い歯を見せて笑う。

 「ええ。きっとみづきさんのおかげですね」
 「え?」

 眼鏡の奥の瞳が、眩しそうに細められる。

 「少佐にとって、大きな変化だったということです」

 (私のおかげ……)

 朔哉にも同じことを言われた。
 書斎で、初めて包帯の下の左腕を見せてもらった時。

 ――君のおかげで、こうして人に触れられる。

 静馬の言葉と書斎での記憶。
 そのふたつが重なって、みづきの心臓はトクンと大きな音を立てた。

 「さて、俺らはそろそろ警邏に戻らないとな」
 「そうですね。それでは紗世さん、みづきさん。お気をつけて」

 静馬が手袋をはめ直し、きりっとした軍人の顔に戻る。