穢れの軍神と縁の花嫁

 「ねえみづきちゃん、今日これから一緒にお買い物行かない?」

 ある日の午後。
 みづきが台所でタキの手伝いをしていると、紗世にぽんと肩を叩かれた。その声はいつも以上に弾んでいる。

 「お買い物ですか?」
 「ちょうど必要なものがいろいろ切れてるから買いそろえたくて。それにみづきちゃん、まだここに来てから外出したことないでしょ?そろそろ外の空気吸わなくちゃ!」
 「それよりも、お目当ては静馬さんでしょう?」

 タキが絹さやの筋取りをする手を止めて指摘すると、途端に紗世の顔がわかりやすく赤くなった。

 「もう、タキさんってばはっきり言わないでよ!お買い物が本命なんだから!静馬さんなんてついでよ、つ・い・で!」

 慌てて言い訳する紗世だったが、その姿はどう見ても「ついで」の装いではなかった。
 髪型も綺麗にまとめて結い上げられていて、綺麗なかんざしが差してある。肌も化粧で整えられていて唇には艶やかな紅がのっていた。そしてほんのり漂うのは上品な椿油の香りだ。

 「うそおっしゃい。静馬さんっていうのは若様の部下の方なんですよ。紗世ったら、いつも静馬さんの警邏の日に合わせて出かけようとするんです」
 「~~っ、だって仕方ないじゃないですかぁ!向こうは任務ばっかりで、こうでもしないと会えないんだから!」

 つまり紗世は、想い人である静馬に一目会いたくて、彼が警邏を担当する日時を調べた上で、帝都の中心地へ買い物に行きたいということらしい。
 紗世は恥ずかしそうに髪を触りながらも、その目は恋する乙女そのものだ。
 その様子が可愛らしくて、みづきは思わず微笑んだ。

 「私も一緒に行きたいです」
 「本当!?よかったぁ、ひとりだとやっぱり心細いからさ!」
 「はい。私も帝都へ行くのは初めてなので、紗世さんがいてくれた方が心強いです」

 笑い合う私たちを見て、それじゃ馬車を呼ばないとですね、とタキが立ちあがった。

 一時間後。
 ふたりは帝都の中心にある大通りで馬車を下りた。
 紗世が御者に「二時間後にまたここで」と迎えの約束を取り付けて、早速賑やかな街へと繰り出す。

 「わあ……」

 馬車から一歩踏み出した途端、みづきは思わず小さく声を上げた。
 羽倉から五百森家のお屋敷へ向かう馬車の中で、初めて帝都の風景を見た。あの時は夜闇の中でガス灯がキラキラと輝いて幻想的だったけれど。

 (あの時とは、まったく雰囲気が違う……)

 モダンな煉瓦造りの洋館と、昔ながらの瓦屋根の商家が立ち並ぶ。その間を洋装や和装の人々、人力車などが絶えず行き交っている。その、さまざまな文化が混然となっている様子に圧倒されてしまった。

 「すごいでしょ?帝都の街は何回来ても飽きないの」

 紗世に腕を引かれながら歩く大通りは、さらに活気にあふれていた。どこからか漂ってくる甘い焼き菓子の匂いに、店前で呼び込みをする威勢のいい声。ふと見上げれば、お祭りの準備なのか、色鮮やかな提灯が気が早い様子で吊るされ始めていた。見るものすべてが新鮮で、みづきは何度も足を止めそうになってしまう。

 「えーっと、まずはあそこの商店からね」

 紗世は懐から買い物メモを取り出す。まずは行きつけ商店で、お屋敷で使う懐紙や帳面を買いそろえる。その次は少し離れた薬屋へ向かい、タキに頼まれていた常備薬を受け取った。みづきも風呂敷包みをひとつ持ち、おつかいは順調に進んでいく。

 「……ん。あと、五分くらいかな」

 薬屋を出たあたりから、紗世が何度も袂から懐中時計を取り出しては、時間を気にしている。

 「よし、そろそろね!みづきちゃんこっち!」
 「え!?紗世さんっ!?」

 言うが早いか、紗世はみづきの手首を掴んで、大通りを曲がった先の並木道へと走り出した。抱えたおつかいの荷物を落とさないよう必死に抱えながら、みづきもその後ろ姿について行く。
 息を切らせて並木道へ飛び出すと、紗世は急にぴたりと足を止め、何食わぬ顔で歩調を緩めた。結い上げた髪や、めかしこんだ着物の襟元を、素早い手つきで整えている。