穢れの軍神と縁の花嫁

 「昨日までなら、こんなことは絶対にできなかった。長くそばにいるだけでも普通の人間なら体調を崩す。触れればなおさらだ。それに昨日みたいに暴走した場合、最悪の事態になりかねない。だから他人と触れ合うことは避けていた」

 瘴気が人に何をもたらすのか、みづきは知っている。
 半年前、村に流れ込んだ瘴気によって、人々は次々と倒れていった。父も母も村の人たちも、動物たちもみんな。

 「だから、このお屋敷にも帰らなかったんですか?」

 問いかけると、朔哉は少し驚いたように目を瞬いた。それから、かすかに笑う。

 「タキさんに聞いたのか」
 「はい。いつも、あまりお屋敷にいらっしゃらないって」
 「そうだな。ここは、俺にとって大事な場所だから」

 皆が寝静まった夜更けに帰って、朝早くに出て行く。
 もしもの時、自分のせいで傷つけないために。五百森家に暮らす人たちを守るために。

 (あ……っ、)

 『今日は午後からなんだ。それでもいつもは決まって早くに出て行くんだけど、君のおかげで必要がなくなったから』

 「だから、今日はお屋敷に……?」

 朔哉は一瞬驚いたように目を瞬かせ、それから小さく笑った。

 「ああ。いつもなら朝食を済ませたら軍部へ戻るけど、昨日からなにも起きていない。瘴気も漏れていないし、こうして人に触れていても問題ない」

 そう言って、みづきの手に触れている自分の指先へ視線を落とす。

 「君のおかげで、こうして人に触れられる」

 誰かに触れること。誰かの温もりを感じること。
 それを、この人はずっと諦めていたのだ。

  「どうして君が俺に触れた時だけ瘴気が消えたのか、俺にもわからない。でも、君には特別な力がある。半年前、君だけが生き残ったことも、その力と関係あるのかもしれない」
 「私に力が……?」
 「君は自分をあやかし憑きだと思っていたかもしれない。あやかしに襲われないことを、災いだと思ってきたのかもしれない。だが違う。君の力は、災いなんかじゃないし、化け物でもない」

 朔哉はみづきを見つめたまま言った。

 「俺は君に、希望を見ている」

 その言葉に、みづきの胸が大きく揺さぶられた。
 必要とされたかった。居場所が欲しかった。生きていていいと言ってほしかった。

 今、朔哉は自分を希望だと、そう言ってくれている。

 「だから俺は、君の力のことも、君自身のことも――少しずつ知っていきたい」

 黒曜石のような瞳はまっすぐで、そこに迷いは見えなかった。