穢れの軍神と縁の花嫁

 包帯の下から現れたそれは、人の腕ではなかった。
 肘から指先にかけて、ごつごつとした黒い鱗のようなものが皮膚を覆い、血管が黒く浮き出ている。そこだけが『異形のもの』に変質してしまったかのようだった。

 「どうして、こんな……?」
 「瘴気による侵食だ。討伐者はあやかしを討つたび、その身に瘴気を浴びる。討伐の数が増えるほどその量は増え、体内に蓄積されていく」
 「そんなこと、今まで誰も……」
 「これは軍の最高機密事項だ。軍神があやかし化しているなんてことが知れれば、国中が混乱する」

 その声に動揺はなく、驚くほど静かだった。まるで長い時間をかけて受け入れてきた事実を語るように。その穏やかさがかえってみづきの胸を締めつけた。
 誰も知らない。誰にも話せない。そうやって、この人はずっと一人で抱えてきたのだ。

 「普段は部隊付きの結界師が術で抑えてくれているが、それにも限界がある。昨日は最悪な瞬間に暴走してしまった」

 みづきは昨日の光景を思い出した。

 「昨日、君はこの腕に触れた」
 「はい……」
 「普通なら、触れた者は無事では済まない」

 朔哉はしばらく何かを考えるように黙ってから、こちらへ視線を向けた。

 「君の手に触れてもいいだろうか」

 思わず息が止まった。昨日は自分から、無我夢中で触れた。助かってほしくて、必死だった。けれど今は違う。二人きりの静かな書斎で、真正面からそんなことを言われれば、意識しないなんて無理だった。

 「……はい」

 返事をした自分の声が上擦っていないか気になってしまった。気づかれていないだろうか。そんなことを考えているうちに、朔哉がゆっくりと異形となった左手を伸ばした。
 黒い鱗に覆われた指先が、壊れ物に触れるように手の甲へ重なる。異形の姿をしていても、そこに宿るのは確かな人の温もりだった。