朔哉の書斎は二階にある。朔哉の後ろをついて階段を上っていると、どこかから紗世とリツの賑やかな声が聞こえてくる。踊り場の窓から外を眺めると、ふたりが庭で追いかけっこをしているのが見えて、ふっと笑いがこぼれる。
「ここだよ」
角部屋の扉が開かれると、ふわりと紙と墨の匂いがした。
みづきが使わせてもらっている客間と同じ洋間のつくりだけれど、窓が小さくその分部屋全体が薄明かりに包まれている。朔哉は、壁一面の本棚の書物が太陽の光で劣化しないようにするためなのだと言った。
部屋の中心には長椅子と漆塗りのテーブル、その奥に書き物机がある。静かで、いかにも朔哉らしい部屋だった。
「座って」
朔哉は、わずかに間を空けて隣へ腰を下ろした。肩が触れるほどではない。
真正面から見つめられるのも緊張するけれど、二人きりの書斎では、逃げ場がないくらいには距離が近い。
やがてタキが紅茶を運んできてくれて、いい香りに少し緊張がほぐれた。
「まず、君が知りたいことを聞くよ」
「え……?」
「さっきそう言っていただろう?」
聞きたいことは山のようにあった。
みづきを調査していたということ。羽倉での出来事。朔哉がここに連れてきてくれた理由。でも、いざとなるとどう尋ねればいいのかまとまらない。
朔哉は急かすことなく、みづきの言葉を待ってくれている。
みづきは一度視線を落とした。頭の中を整理して、それから意を決して顔を上げた。
「昨日、羽倉で私が朔哉さんの左腕に触れた時……いったい何が起こったんでしょうか。朔哉さんが私をここへ連れてきた理由と、関係があるんですか?」
その瞬間、朔哉の目が大きく見開かれる。
「……それはたぶん、言葉で説明するより見てもらった方が早いかもしれない」
「見る?」
「ああ。ただ見て気持ちのいいものではないから、君が決めてほしい」
そう言って、朔哉は羽織の上から左腕に触れた。袖口からは、新しく巻き直されたらしい真っ白な包帯が覗いている。
覚悟を求められているようで、みづきは膝の上でぎゅっと手を握った。
あやかしとの戦いの最中、苦しみ始めた朔哉。包帯の下から溢れ出るように立ち昇っていた黒い瘴気。そして、自分の手が触れた瞬間に起きた不思議な光――あの包帯の下に何があるのか。
「……私は、知りたいです」
あのまま羽倉に残されていたら、自分がどうなっていたかわからない。あの絶望の中から救い上げてくれたのは、間違いなく朔哉だ。自分を助けてくれた人のことを、その人が抱えているものを知りたいと思った。
「……ありがとう」
思いがけない言葉にみづきは目を瞬くと、朔哉は少しだけ口元を綻ばせてから羽織の袖をまくった。
そして、幾重にも巻かれている真っ白な包帯をゆっくりと解いていく。書斎に、包帯の擦れるかすかな音だけが響く。
やがてすべてが解かれて――みづきは言葉を失った。
「ここだよ」
角部屋の扉が開かれると、ふわりと紙と墨の匂いがした。
みづきが使わせてもらっている客間と同じ洋間のつくりだけれど、窓が小さくその分部屋全体が薄明かりに包まれている。朔哉は、壁一面の本棚の書物が太陽の光で劣化しないようにするためなのだと言った。
部屋の中心には長椅子と漆塗りのテーブル、その奥に書き物机がある。静かで、いかにも朔哉らしい部屋だった。
「座って」
朔哉は、わずかに間を空けて隣へ腰を下ろした。肩が触れるほどではない。
真正面から見つめられるのも緊張するけれど、二人きりの書斎では、逃げ場がないくらいには距離が近い。
やがてタキが紅茶を運んできてくれて、いい香りに少し緊張がほぐれた。
「まず、君が知りたいことを聞くよ」
「え……?」
「さっきそう言っていただろう?」
聞きたいことは山のようにあった。
みづきを調査していたということ。羽倉での出来事。朔哉がここに連れてきてくれた理由。でも、いざとなるとどう尋ねればいいのかまとまらない。
朔哉は急かすことなく、みづきの言葉を待ってくれている。
みづきは一度視線を落とした。頭の中を整理して、それから意を決して顔を上げた。
「昨日、羽倉で私が朔哉さんの左腕に触れた時……いったい何が起こったんでしょうか。朔哉さんが私をここへ連れてきた理由と、関係があるんですか?」
その瞬間、朔哉の目が大きく見開かれる。
「……それはたぶん、言葉で説明するより見てもらった方が早いかもしれない」
「見る?」
「ああ。ただ見て気持ちのいいものではないから、君が決めてほしい」
そう言って、朔哉は羽織の上から左腕に触れた。袖口からは、新しく巻き直されたらしい真っ白な包帯が覗いている。
覚悟を求められているようで、みづきは膝の上でぎゅっと手を握った。
あやかしとの戦いの最中、苦しみ始めた朔哉。包帯の下から溢れ出るように立ち昇っていた黒い瘴気。そして、自分の手が触れた瞬間に起きた不思議な光――あの包帯の下に何があるのか。
「……私は、知りたいです」
あのまま羽倉に残されていたら、自分がどうなっていたかわからない。あの絶望の中から救い上げてくれたのは、間違いなく朔哉だ。自分を助けてくれた人のことを、その人が抱えているものを知りたいと思った。
「……ありがとう」
思いがけない言葉にみづきは目を瞬くと、朔哉は少しだけ口元を綻ばせてから羽織の袖をまくった。
そして、幾重にも巻かれている真っ白な包帯をゆっくりと解いていく。書斎に、包帯の擦れるかすかな音だけが響く。
やがてすべてが解かれて――みづきは言葉を失った。

