穢れの軍神と縁の花嫁

 「ちょっとあんた! 触るんじゃないよ!」

 井戸の桶に手を伸ばそうとして、鋭い声が飛んだ。
 びくりと身体を竦めた瞬間、少女の体は激しく突き飛ばされ地面に倒れ込んだ。

 「……ごめんなさい、少しだけお水をいただきたくて」

 土の冷たさが、じわりと掌に染み込んでくる。立ち上がろうとして足元がよろめいた。いつからなにも食べていないか、もう思い出せない。

 「まったく図々しいったらありゃしない!流民(るみん)のあやかし()きに飲ませる水なんてないよ!」

 井戸端にいた女性が、汚いものでも見るような目で睨みつけた。

 避暑地として栄える自然豊かな町、羽倉(はくら)
 少女がこの地に流れ着いたのは一週間前のことだ。山あいにある小さなあばら屋にひっそりと身を寄せていたが、数日前からなぜか沢の水が枯れていた。もう、喉の渇きが限界だった。

 けれど、その水の一滴さえ、みづきには与えられない。

 四季折々の花が咲き誇ることから名づけられた、四華(しか)皇国。
 近代化の波が押し寄せてもなお、この国の最大の脅威は今も昔も『あやかし』だった。

 どれほど栄えた土地であっても、境界の歪みに生じた裂け目から這い出す異形――あやかしにはなすすべもない。
 あやかしは人々を襲い、土地の生気を吸いつくす。瘴気(しょうき)にのまれた土地は『穢野(えや)』となり、生き物すべてを拒む死の大地となる。

 人々はあやかしを恐れた。
 それまで当たり前にあった暮らしすべてを、根こそぎ奪っていくからだ。
 
 「そうだ、この羽倉まで穢されたらどうするんだ!」
 「あやかし憑きは出て行け!」

 あやかし憑き――その言葉を、もう何度聞いてきただろう。

 少女――花菱(はなびし)みづきが生まれ育ったのは、山々に囲まれたのどかな村だった。春には山桜が咲き秋には黄金色の稲穂が風に揺れる、顔見知りばかりの小さな村。