呼びに来た看護師の後について行くと、ナースステーション近くにある部屋に案内された。姉と2人で部屋に入ると、入口のドアを閉めるほうに促された。狭い部屋にはデスクトップのパソコンが乗った机と椅子以外には、数脚の折りたたみ式の椅子が壁に立て掛けてあるだけだった。
折りたたみ式の椅子を開いて座ると、30歳前後の若い医師が口を開いた。
「主治医の田中です。佐宗さんの、娘さんと息子さん、ですね?」
前に座っている姉が「はい」と返事をすると、主治医は一度頷いて再び口を開いた。
「まず病状ですが、詳しい検査結果は出ていませんが、おそらく急性肝炎だと思われます。今回は高熱によって意識が朦朧として倒れたのでしょう。元々、肝臓の数値が良くなくて、健康診断で再検査になっていたことからも分かるように、普段から微熱や倦怠感、疲れやすいなどの自覚症状があったと思います」
「肝臓・・・」
思わず言葉が漏れる。
肝臓というと、どうしても父親のことを思い出してしまう。自分の中では、病院で耳にする最も嫌な単語になってしまっている。そもそも、母が肝臓の病気を患っているなど知らなかった。
「それで・・・今後はどうなるのでしょうか?」
姉が目一杯に平静を装い、声のトーンを落として訊ねた。
「そうですね、熱が下がって症状が安定したら退院でしょうね。予定では1週間くらいでしょうか。あとは、通院で投薬という流れになると思いますよ」
主治医の回答から一拍置いて、姉の肩から力が抜けたのが分かった。おそらく、自分も同じ反応をしたことだろう。
「よろしくお願いします」
椅子から立ち上がり、主治医に頭を下げると部屋を後にした。
病室に戻りながら、姉と状況の摺り合わせをする。ひとまずは生死に関わる状態ではないということの確認と、自分達がこれからどう対応するかということだ。ずっと付いておく必要はないものの、放置する訳にもいかない。
「とりあえず着替えがいるし、家がどういう状態かも気なる。でも、さすがに目を覚ましたときに誰もいない、なんて事にはしたくない。だから、あんた、私の車に乗って家に帰ってきて。家の状況を確認したら、母さんの着替えを探して持って来て。あるだけでいいから。最悪はコンビにで調達するし。はい、カギ。ぶつけないでよね」
「・・・分かった。母さんをお願いするよ」
選択肢などあるはずもなく、頷いてカギを受け取った。
一度だけ母の顔を確認し、実家へと向かう。ちょうどシャワーも浴びたかったし、着替えもしたかった。時間的に余裕があれば、服も洗濯機に投げ込みたい。
病院の外に出ると、南からの風は吹いていたものの、いつの間にか雨は止んでいた。見上げると、低空を凄いスピードで雲が流れている。しかし、その向こう側には透き通るような青が広がっていた。
―――――台風一過。
あれほど激しかった雨風が、何事も無かったかのように凪いでいく。少なくない爪あとを残しながらも、表面上はいつもの日常へと戻る。
病院の駐車場で姉の軽自動車を見付け、預かったキーでロックを解除して乗り込む。バイクと違いエンジンの始動もキーレスだということに気付くまで数分必要だったものの、どうにかエンジンをかけることに成功し出発した。自動車の運転などほとんどすることがないが、教習所の指導を思い出しながらハンドルを握る。
病院から実家までは車で20分ほどの距離だ。ここまで移動して来た方角から見れば、病院を通り過ぎて更に北に進むことになる。道路状況は不明だが途中に土砂崩れが起きそうな山も無ければ、これまで冠水したことがある場所もない。
「路面の状態には気を付けないと。車体にキズでも付けたら本気で怒られそうだ」
思わず注意事項が口から出てしまう。
法定速度よりも遅いスピードで走る。すでに晴れ間が見え隠れしているものの、道路の状態は最悪と言えた。大小様々な瓦礫が強風によって散乱し、まだまだ片付けられる気配もない。こちらが慎重に避けないと、下手をすれば擦ってしまいかねない。
10分も走ると見慣れた風景が眼前に現れた。配色が緑になり、道路の左右に水田が広がる。道路沿いに住宅も建ってはいるものの数は少ない。街中では競うように乱立しているコンビニエンスストアも、この辺りには10キロは進まないと次の店舗は無い。片田舎という表現がピッタリだ。
更にもう10分走らせると、2年ぶりに帰宅する実家が見えてきた。一応道路沿いではあるものの家の目の前には田と畑があり、誰がどこから見ても農家、厳密に言うと兼業農家だ。実際、自宅分と近所に少し売る程度の量しか作っていない。
左にウインカーを出し曲がると、実家の入口に車を停める。庭まで入りたいところではあったが、瓦礫やバケツなどが散乱し、横に除けるなど片付けなければ停車させるスペースが無かった。
仕方なく、それから15分ほどで庭の片付けをし、ようやく帰宅することができた。庭といっても街中とは違い、車が余裕で5、6台は停められるスペースがあるほど無駄に広い。
改めて庭から周囲を見渡すと水田には稲穂が実り、畑には様々な作物が植え付けられている。きちんと整備している畑を見ると、どれだけ手間暇が掛かっているか窺い知ることができる。当然、無駄に広い庭もきちんと草刈りがされており、庭が草で埋もれているということもない。
「・・・これを1人で」
草刈りだけは経験があるため、これだけの広範囲を1人で刈って行く作業がどれだけ大変なことなのか分かる。この面倒で体力が必要な作業とは別に、田植えから稲刈り、畑の作付けから収穫までも1人でやっていた、いや、やらせてしまっていたことを今さらながらに理解してしまった。
折りたたみ式の椅子を開いて座ると、30歳前後の若い医師が口を開いた。
「主治医の田中です。佐宗さんの、娘さんと息子さん、ですね?」
前に座っている姉が「はい」と返事をすると、主治医は一度頷いて再び口を開いた。
「まず病状ですが、詳しい検査結果は出ていませんが、おそらく急性肝炎だと思われます。今回は高熱によって意識が朦朧として倒れたのでしょう。元々、肝臓の数値が良くなくて、健康診断で再検査になっていたことからも分かるように、普段から微熱や倦怠感、疲れやすいなどの自覚症状があったと思います」
「肝臓・・・」
思わず言葉が漏れる。
肝臓というと、どうしても父親のことを思い出してしまう。自分の中では、病院で耳にする最も嫌な単語になってしまっている。そもそも、母が肝臓の病気を患っているなど知らなかった。
「それで・・・今後はどうなるのでしょうか?」
姉が目一杯に平静を装い、声のトーンを落として訊ねた。
「そうですね、熱が下がって症状が安定したら退院でしょうね。予定では1週間くらいでしょうか。あとは、通院で投薬という流れになると思いますよ」
主治医の回答から一拍置いて、姉の肩から力が抜けたのが分かった。おそらく、自分も同じ反応をしたことだろう。
「よろしくお願いします」
椅子から立ち上がり、主治医に頭を下げると部屋を後にした。
病室に戻りながら、姉と状況の摺り合わせをする。ひとまずは生死に関わる状態ではないということの確認と、自分達がこれからどう対応するかということだ。ずっと付いておく必要はないものの、放置する訳にもいかない。
「とりあえず着替えがいるし、家がどういう状態かも気なる。でも、さすがに目を覚ましたときに誰もいない、なんて事にはしたくない。だから、あんた、私の車に乗って家に帰ってきて。家の状況を確認したら、母さんの着替えを探して持って来て。あるだけでいいから。最悪はコンビにで調達するし。はい、カギ。ぶつけないでよね」
「・・・分かった。母さんをお願いするよ」
選択肢などあるはずもなく、頷いてカギを受け取った。
一度だけ母の顔を確認し、実家へと向かう。ちょうどシャワーも浴びたかったし、着替えもしたかった。時間的に余裕があれば、服も洗濯機に投げ込みたい。
病院の外に出ると、南からの風は吹いていたものの、いつの間にか雨は止んでいた。見上げると、低空を凄いスピードで雲が流れている。しかし、その向こう側には透き通るような青が広がっていた。
―――――台風一過。
あれほど激しかった雨風が、何事も無かったかのように凪いでいく。少なくない爪あとを残しながらも、表面上はいつもの日常へと戻る。
病院の駐車場で姉の軽自動車を見付け、預かったキーでロックを解除して乗り込む。バイクと違いエンジンの始動もキーレスだということに気付くまで数分必要だったものの、どうにかエンジンをかけることに成功し出発した。自動車の運転などほとんどすることがないが、教習所の指導を思い出しながらハンドルを握る。
病院から実家までは車で20分ほどの距離だ。ここまで移動して来た方角から見れば、病院を通り過ぎて更に北に進むことになる。道路状況は不明だが途中に土砂崩れが起きそうな山も無ければ、これまで冠水したことがある場所もない。
「路面の状態には気を付けないと。車体にキズでも付けたら本気で怒られそうだ」
思わず注意事項が口から出てしまう。
法定速度よりも遅いスピードで走る。すでに晴れ間が見え隠れしているものの、道路の状態は最悪と言えた。大小様々な瓦礫が強風によって散乱し、まだまだ片付けられる気配もない。こちらが慎重に避けないと、下手をすれば擦ってしまいかねない。
10分も走ると見慣れた風景が眼前に現れた。配色が緑になり、道路の左右に水田が広がる。道路沿いに住宅も建ってはいるものの数は少ない。街中では競うように乱立しているコンビニエンスストアも、この辺りには10キロは進まないと次の店舗は無い。片田舎という表現がピッタリだ。
更にもう10分走らせると、2年ぶりに帰宅する実家が見えてきた。一応道路沿いではあるものの家の目の前には田と畑があり、誰がどこから見ても農家、厳密に言うと兼業農家だ。実際、自宅分と近所に少し売る程度の量しか作っていない。
左にウインカーを出し曲がると、実家の入口に車を停める。庭まで入りたいところではあったが、瓦礫やバケツなどが散乱し、横に除けるなど片付けなければ停車させるスペースが無かった。
仕方なく、それから15分ほどで庭の片付けをし、ようやく帰宅することができた。庭といっても街中とは違い、車が余裕で5、6台は停められるスペースがあるほど無駄に広い。
改めて庭から周囲を見渡すと水田には稲穂が実り、畑には様々な作物が植え付けられている。きちんと整備している畑を見ると、どれだけ手間暇が掛かっているか窺い知ることができる。当然、無駄に広い庭もきちんと草刈りがされており、庭が草で埋もれているということもない。
「・・・これを1人で」
草刈りだけは経験があるため、これだけの広範囲を1人で刈って行く作業がどれだけ大変なことなのか分かる。この面倒で体力が必要な作業とは別に、田植えから稲刈り、畑の作付けから収穫までも1人でやっていた、いや、やらせてしまっていたことを今さらながらに理解してしまった。



