晴るはじめの明日を





 空港内の駅から事前に調べていた特急に乗り、途中で私鉄へ乗り換える。目的の駅へ着くまでには1時間もかからなかった。
 荷物はほとんど空港で預けてしまったので身軽なものだ。自宅への配送サービスなど普段は利用しない。今日はこれから予定がある。

 久々に来た駅前は、記憶にあるものと景色に齟齬があった。新しいビルが建っている。ここ数十年ですっかり不景気が板についても、都市は何だかんだと絶えず変化している。
 胸を張って都会とは言えず、とはいえ地方と呼ぶにも微妙。大学に入学する年まで暮らしたこの街は住みやすい土地だったのだなと、離れてから気がついた。

 小学6年の夏に近所の塾の夏期講習へ放り込まれ、勧められるがまま受験した共学の中高一貫校へ、青音(はると)は10代の6年間通っていた。青音の学校では内部生のクラス替えは一度も無く、中高一貫生の大抵がそうであるように、よく共にいるグループ構成こそあれ同級生は皆仲が良かった。
 卒業から10年以上経ってなお同窓会をやろうと呼びかける者がおり、少なくない人数がそれに参加するのだから、これは青音の勘違いでもないだろう。

 周辺地域の中高生は、数十分電車に揺られて東京の中心部へ出るかこの駅前で遊ぶのが定番である。繁華街から離れた所在の青音の学校でも例に漏れず、卒業生にとって駅前は馴染み深い場所だった。
 本日開かれる同窓会の会場はすぐ近くのウェディング施設だ。


 宴会場はよくある古代ギリシャ風の列柱が並んだ外観で、入り口で振り返れば建物の隙間に薄紅が覗いていた。満開にはまだ早い。
 この国の春は、特別名所と謳われる場所へ赴かずともそこここで桜の花と出会う。厄介な話だ。あの色を見る度想起せずにいられない思い出がある他人の事情など、考えてもらえない。

 開始の時刻に先んじて、会場には既に懐かしい顔ぶれが続々と集い始めていた。
 三十路ともなれば学生時代と変わらない者の方が稀なのだろう。真っ先に青音に気づいて声を上げた遣り手ビジネスマン風の男は、坊主頭の朴訥とした野球部員だったし、笑顔で青音を歓迎し子どもの幼稚園がどうこうと話を再開する女2人はスカートの丈で生徒指導とやり合う常習犯だった。

 同窓会は、幹事のあいさつで和やかに始まった。
 あいにく学生時代青音が最も時間を共有した相手は出席者名簿に名前がなかったが、ひっきりなしに話しかけてくれる者たちのおかげで退屈せずに済む。大袈裟なほど再会を喜び、昔とは違った疎遠さで、けれどこれはこれで心地良い距離感の会話に花を咲かせた。

「しかしマサキが英語の先生とか、似合うね。分かりやすく説明するの上手いもんな。生徒にモテモテだろ」
「そりゃもう。ただし高校んときのお前には遠く及ばない」
「部活も見てんの?」
「バスケ部の顧問してる」
「やっぱ大変?」
「今どきサービス残業万歳、労基法クソくらえの楽しい職場だよ。今日500日ぶりの休日」
「想像以上の地獄だったわ」
「こいつらが卒業したら辞めてやる、って思い続けて早6年」
「いい先生だ…」

 学校の中では話題すらふらふらと定まらず、勢いだけで言葉を発していた若者も、10年経つと社会人らしい話し方をするようになる。

「古渡は今なにしてんの?」
「ライターしてる」
「ライター…?取材したり記事書いたりする…あの?」
「その」
「意外ー。つか、あれ、風の噂じゃ飲料メーカーに就職したって聞いてたんだが。大手んとこ」
「あー、合ってはいるかも。営業みたいなことやってたんだけど合わなくてさ」
「なるほど。きついっていうもんな」
「2年で辞めちゃった。ちょっとした縁で編プロ誘ってもらえたのきっかけにそっちへ移った。今はフリーランスでやってる」

 都合の悪いところをすべて飛ばした説明をするのにも慣れてきた。

 昔、同じ教室の中で暮らしていた者たちが、今はそれぞれ全く違うことをしている。
 当時の日常が奇跡的な交錯地点でしかないことを知るまでに、自分はどれくらいかかったものだろうと、上品を装いゴテゴテと西欧風に造られた宴会場の真ん中でふと思った。