今年も親友チョコってことでお願いします!!!


「はぁ~、やってらんねぇ。どこかしこでバレンタインだの何だの」

駅直通の商業施設の中では、大々的に売り出されている綺麗に包装されたチョコレートがずらりと棚に陳列されている。
その様子は毎年二月十四日にあるイベントの知名度と人気度をありありと表されているようだった。

クソ。桜餅なんて、食品コーナーの中の和菓子コーナーの中でしか活躍出来ないんだぞ。
そんな悪態をついたって、この甘い空気はどこかに消えることはない。
げんなりしながら歩を進めていると、横から嚙み殺したような笑い声が聞こえてくる。
ムッとして隣の斜め上を見上げると、親友である黒川恒一が口に手を当てて笑い声を堪えていた。

「何、何がそんなに面白いとや」
「いや……湊の顔がしゃあしゅう(おもしろく)て……」
「ひっでぇや。モテる男は違うな」

悪戯心が芽生えてきて、少しだけ早足で乗り換えの改札を目指すと、恒一はごめんごめんと困り笑いで、俺の肩に腕を回して肩を組んでくる。
制服越しに伝わる体温と、近くなった恒一の声。それらに容易く心臓が高鳴る俺の心の何と矮小なことか。我ながら情けない。

いつから恒一に触れられるだけで心が高鳴るようになったのかと考えてみてもわからない。
ただ、出会ってから一年。彼の人格も、凛とした容姿も、時折見せる人懐こい笑顔も、全部全部、俺の心を掴んで離すことが決してない。
それだけが、たった一言伝える度胸のない俺が唯一わかる事だった。

「……と、湊。話聞いとー?」
「え?あぁ、ごめん。何?」
「やけん、明日ん小テストん範囲どこ?って話」
「化学だろ?えーっと……」

半ば寝落ちながらなんとか聞き取った小テストの範囲を伝えると、恒一は穏やかに笑って俺にお礼を言った。
あぁまずい。後光が差している。小説で出てきた傾国顔ってピンと来なかったけど、恒一を表す言葉だったのか。

一人納得していると、ついにいつもの改札に着いてしまった。俺の家の最寄りに向かうための乗り換えの改札。
恒一と仲良くなるまでのここの改札は、「ようやく家に帰れる」と力を抜ける場所だったのに、仲良くなってからは今日が終わってしまうと、ひどく名残惜しくなる場所に変わってしまった。
嫌だなぁとか。もうちょっと話してたいなぁ、とか。
そんな気持ちを全部飲んで、俺は立ち止まって鞄から定期を取り出す。

「んじゃ、また明日」
「おう、また明日。っつーか、湊」
「どうした?」

コツコツと、彼のローファーが刻む足音が随分大きく感じられた。
サラサラした黒い髪が動きと一緒に揺れて、その奥に見える瞳が随分と澄んで見える。
その瞳を吸い込まれるようにして見つめていると、突如としてずい、と恒一の顔が俺の元に寄せられた。
少しだけ眉間に皺が寄っている表情は、ほんの少しだけ不満げだ。俺は随分と呆けた顔をしているだろう。顔が赤くなってないといいな。

「……なに、どうしたの恒一」
「湊、今年はチョコくれんと?」
「え?」
「いや、あげんバレンタインの事ボロカス言いよったけん、もう誰にも渡しゃんとかなって。ごめん、気にすんな」

すっと端正な顔が離れていく。少しだけ耳朶が染まっていたのは気のせいだろうか。
今度こそ「また明日」と離れていく背中が少しだけ寂しそうで、俺はその背中に言葉をぶつけた。

「こ、今年も渡すから!!絶対渡す!!」

恒一が弾かれたように振り返った。
何度も微笑みや笑顔を見てきたけど、今回は一際嬉しそうな顔。

「ありがとぉね」
「おう!楽しみにしててな!」

この地域の方言特有の抑揚の言葉が跳ねながら、恒一はにこりと目を細めた。
そういえば、仲良くなるまではこんなに笑う人だとは思わなかったな。

「また明日!勉強して来いよ!」
「また明日。そっちこそちゃんとやっとけや」

今度こそ、今日の別れを告げて俺は改札を通る。
振り返ったその時には、もう恒一の姿がなかった。そのことに少し安堵して、深い深いため息をついた。

よかった。バレンタイン、俺の押し付けなんかじゃなかった。
少なくとも、親友チョコとして受け取ってもらえる。
俺にはそれだけでいいんだ。知り合いでも友達でもない、親友という立場に甘えて、隠した俺の想い丸ごと食べてほしい。
拗らせてるなぁ。なんて自覚しながら、俺はホームの空いてるベンチに座る。

「冷たっ」

ズボン越しにも冬の寒さに包まれたベンチの冷たさが足に伝わってくる。
電車が来るまであと3分。