思わず露骨に顔をそむけてしまった萌の傍で小さく笑った煌輝は、元の体勢に戻り、手にしたままだったおにぎりを食べ始めた。それを視界の端で見た萌が自分も弁当を食べ進める。
「天羽って、遠くから見ても小さいと思ってたけど、近くで見ると細いっていうか体薄いよな。ちゃんと食べてる?」
「今まさに食べてるけど」
弁当を空にした萌が煌輝にちらりと視線を向ける。自分こそ、その高い身長とほどよく筋肉が詰まった体を維持するのに昼ごはんがおにぎり一つだなんて、足りていない気がする。
「そうだけど……ほら手も小さいのは仕方ないとして、指が細いから栄養足りてる? って今ちょっと不安になった」
お前は僕の母親か、と突っ込みたい気持ちで煌輝を見ていると、その表情が苦い笑顔に変わっていく。もしかしたら自分でも何が言いたいのか分からず話しているのかもしれない。そう思うと、カッコよくてキラキラのモテ男子の像が崩れていくような気がして、萌が思わず、ふ、と笑ってしまった。それを見ていた煌輝が笑顔を消して口を開く。
「かわいっ……」
「え?」
「いや、なんでもない、です……」
ぱっと表情を明るく変えたかと思ったらすぐに視線を上の方へと逸らす挙動不審な煌輝は見たことがなくて萌が更に笑う。
「なぜにいきなり敬語?」
すると煌輝は、いや、うん、と独り言のような言葉を発してから、話題を変えるように、珍しいね、と萌の顔よりも少し下に視線を向けた。
「ここ。ほくろ並んでるの」
煌輝がこちらに手を伸ばす。指先のほんの少しだけ肌に触れられ、萌が煌輝から離れるように座ったまま後退りをした。少し湿った感覚が首筋に残っている。
「びっくりさせてごめん。もう触らないから、戻っておいで」
まるで野良猫に話すようなことを言いながら煌輝が、おいで、と手招く。猫じゃないし、と思いながらも大袈裟に反応した自分がちょっと恥ずかしくて、萌は何でもないふりをしたまま元の場所に座った。
「別に、びっくりとかしてない、けど……」
「そう? 俺、天羽と仲良くなりたいなって思ってて。あ、なんかSNSやってる?」
煌輝がポケットから自身のスマホを取り出す。黄色のカバーがかかったそれは、煌輝らしい色だった。
「……SNSはやってない」
本当はいくつかアカウントがあるが、それはどれも『天』のものであって萌のものではない。それに煌輝に連絡先を教えたいとは思えなかった。
「そうなんだ。じゃあメッセアプリは? さすがに入ってるよね? 俺のも教えるから交換しよ」
コード読み取りでいい? と煌輝がスマホの画面をこちらに見せる。プロフィールの背景が青空で、煌輝にしては普通な背景だったせいか、萌の反応が遅れてしまう。
萌は自身のスマホは取り出すことなく首を傾げた。
「えっと……どうして、僕と井瀬が連絡先交換するの?」
「え、どうしてって……同クラだし、友達だし?」
「……友達……」
なった記憶のないことを言われ、萌は眉根を寄せた。
ここまで煌輝の柔らかな雰囲気にうっかり心を許しそうになっていたけれど、もしかしたらそれも煌輝の『からかい』のうちで、本当はここで萌に言っていた言葉全て、本音ではないのかもしれない。
ここで萌が、いいよ、とスマホを出したらどこかから煌輝の取り巻きみたいな一軍のやつらが動画を撮りながら出てきて、陰キャが煌輝と友達なわけないじゃん、とか言われるのかもしれない。
煌輝が萌を友達と思うよりも、そっちの方がよほどリアリティがある。
かつて、友達だと思っていたヤツに女子更衣室に閉じ込められた萌は、あの時の全身から力が抜けるようなやるせなさをもう二度と体験したくないのだ。
「……僕は騙されないから」
萌はスマホは出さずに弁当箱を片づけて立ち上がった。それを見上げ、煌輝が、え、と目を丸くする。
「お前らのおもちゃになんて、絶対ならないから!」
萌は煌輝に向かって叫ぶと、きびすを返し、そのまま屋上のドアへと向かった。
「天羽、待って! 何言ってるか……」
「付いてこないで」
後ろから煌輝が慌てて駆けてくる。それを見やった萌は、重い鉄製のドアを体全体を使って引き開けた。
絶対にそこに隠れていると思っていた人たちが誰も居なくて、萌は閉まりかけたドアを押さえながら瞬きを繰り返した。一足先に逃げられたのか、萌の予想とは違う場所から撮られていたのか――もしかして自分の勘違いなのか。
萌はよく分からないまま、屋上から戻り、その先にある階段を降り始めた。
男子生徒が友人同士だろう数人で大きな声で笑いながら目の前の廊下を歩いていく。彼らは自分が知っている煌輝の傍に居る生徒たちではなくて、その笑い声も決して自分を笑っているものではないと分かっているのに、萌は勝手に縮こまる心臓を押さえて彼らの視界に入らないように廊下の隅を歩き出した。
「天羽? 大丈夫?」
付いてこないでと言われても突然の萌の行動は不審過ぎたのだろう。後ろから煌輝の少し遠慮がちな声が掛かった。
「……なんでもない。教室戻るよ」
付いてこないでという言葉は、煌輝の中でまだ響いているのだろう。同じ教室に戻るのに、煌輝は萌の後を追うことなく、しばらく萌に視線が絡まっているのが分かるくらい、背中が熱かった。
「天羽って、遠くから見ても小さいと思ってたけど、近くで見ると細いっていうか体薄いよな。ちゃんと食べてる?」
「今まさに食べてるけど」
弁当を空にした萌が煌輝にちらりと視線を向ける。自分こそ、その高い身長とほどよく筋肉が詰まった体を維持するのに昼ごはんがおにぎり一つだなんて、足りていない気がする。
「そうだけど……ほら手も小さいのは仕方ないとして、指が細いから栄養足りてる? って今ちょっと不安になった」
お前は僕の母親か、と突っ込みたい気持ちで煌輝を見ていると、その表情が苦い笑顔に変わっていく。もしかしたら自分でも何が言いたいのか分からず話しているのかもしれない。そう思うと、カッコよくてキラキラのモテ男子の像が崩れていくような気がして、萌が思わず、ふ、と笑ってしまった。それを見ていた煌輝が笑顔を消して口を開く。
「かわいっ……」
「え?」
「いや、なんでもない、です……」
ぱっと表情を明るく変えたかと思ったらすぐに視線を上の方へと逸らす挙動不審な煌輝は見たことがなくて萌が更に笑う。
「なぜにいきなり敬語?」
すると煌輝は、いや、うん、と独り言のような言葉を発してから、話題を変えるように、珍しいね、と萌の顔よりも少し下に視線を向けた。
「ここ。ほくろ並んでるの」
煌輝がこちらに手を伸ばす。指先のほんの少しだけ肌に触れられ、萌が煌輝から離れるように座ったまま後退りをした。少し湿った感覚が首筋に残っている。
「びっくりさせてごめん。もう触らないから、戻っておいで」
まるで野良猫に話すようなことを言いながら煌輝が、おいで、と手招く。猫じゃないし、と思いながらも大袈裟に反応した自分がちょっと恥ずかしくて、萌は何でもないふりをしたまま元の場所に座った。
「別に、びっくりとかしてない、けど……」
「そう? 俺、天羽と仲良くなりたいなって思ってて。あ、なんかSNSやってる?」
煌輝がポケットから自身のスマホを取り出す。黄色のカバーがかかったそれは、煌輝らしい色だった。
「……SNSはやってない」
本当はいくつかアカウントがあるが、それはどれも『天』のものであって萌のものではない。それに煌輝に連絡先を教えたいとは思えなかった。
「そうなんだ。じゃあメッセアプリは? さすがに入ってるよね? 俺のも教えるから交換しよ」
コード読み取りでいい? と煌輝がスマホの画面をこちらに見せる。プロフィールの背景が青空で、煌輝にしては普通な背景だったせいか、萌の反応が遅れてしまう。
萌は自身のスマホは取り出すことなく首を傾げた。
「えっと……どうして、僕と井瀬が連絡先交換するの?」
「え、どうしてって……同クラだし、友達だし?」
「……友達……」
なった記憶のないことを言われ、萌は眉根を寄せた。
ここまで煌輝の柔らかな雰囲気にうっかり心を許しそうになっていたけれど、もしかしたらそれも煌輝の『からかい』のうちで、本当はここで萌に言っていた言葉全て、本音ではないのかもしれない。
ここで萌が、いいよ、とスマホを出したらどこかから煌輝の取り巻きみたいな一軍のやつらが動画を撮りながら出てきて、陰キャが煌輝と友達なわけないじゃん、とか言われるのかもしれない。
煌輝が萌を友達と思うよりも、そっちの方がよほどリアリティがある。
かつて、友達だと思っていたヤツに女子更衣室に閉じ込められた萌は、あの時の全身から力が抜けるようなやるせなさをもう二度と体験したくないのだ。
「……僕は騙されないから」
萌はスマホは出さずに弁当箱を片づけて立ち上がった。それを見上げ、煌輝が、え、と目を丸くする。
「お前らのおもちゃになんて、絶対ならないから!」
萌は煌輝に向かって叫ぶと、きびすを返し、そのまま屋上のドアへと向かった。
「天羽、待って! 何言ってるか……」
「付いてこないで」
後ろから煌輝が慌てて駆けてくる。それを見やった萌は、重い鉄製のドアを体全体を使って引き開けた。
絶対にそこに隠れていると思っていた人たちが誰も居なくて、萌は閉まりかけたドアを押さえながら瞬きを繰り返した。一足先に逃げられたのか、萌の予想とは違う場所から撮られていたのか――もしかして自分の勘違いなのか。
萌はよく分からないまま、屋上から戻り、その先にある階段を降り始めた。
男子生徒が友人同士だろう数人で大きな声で笑いながら目の前の廊下を歩いていく。彼らは自分が知っている煌輝の傍に居る生徒たちではなくて、その笑い声も決して自分を笑っているものではないと分かっているのに、萌は勝手に縮こまる心臓を押さえて彼らの視界に入らないように廊下の隅を歩き出した。
「天羽? 大丈夫?」
付いてこないでと言われても突然の萌の行動は不審過ぎたのだろう。後ろから煌輝の少し遠慮がちな声が掛かった。
「……なんでもない。教室戻るよ」
付いてこないでという言葉は、煌輝の中でまだ響いているのだろう。同じ教室に戻るのに、煌輝は萌の後を追うことなく、しばらく萌に視線が絡まっているのが分かるくらい、背中が熱かった。


