七月に入り、急に気温が上がってきたからだろう。春や秋は割と賑わう昼休みの屋上なのだが、夏の太陽が地上よりも近い距離で照りつけるコンクリートのこの場所を使う生徒はほとんど居なかった。
萌だって決して暑くないわけではない。けれど人がいないということは見つかりにくいということだ。煌輝から逃げるにはちょうどいい。実際、昼休みに話そうと宣言されてから一週間、萌は煌輝と話すことを回避していた。
屋上の出入口の裏側、ちょうど少し影になっているところで、萌はこの日も地べたに座り込んで弁当を広げた。
時折吹く生温い風の音と自分の咀嚼する音だけが響いている。どうせどこに居ても萌は一人だからこんな静かな時間は慣れている。どこかの教室からはしゃぐような笑い声が響いて、そちらに意識が向いた、その時だった。
「みーつけた!」
遠くから響く笑い声と共に、近くからそんな声が聞こえ、萌がびくりと肩を震わせる。そろりと傍を見上げると、そこにはこちらを見下ろす煌輝が立っていた。
「……井瀬……」
「昼休み話そうって言ってからめっちゃ時間経ってるんだけど。何日後の昼休み想定してた?」
「いや……てか、そこは察しろよ」
萌が眉を寄せて怪訝な表情を見せるが、煌輝はそれに首を傾げてから萌の隣に座り込んだ。萌は少しだけ体をずらし、煌輝から距離を取る。
「何を察したらいい?」
「何って……僕、逃げてたの、気づかない?」
「ごめん、全然。むしろ、色んな友達に天羽がどこに行ったか知らないか、聞いて回ってた」
広すぎる人脈を使って萌のような影みたいな存在すら探し当ててしまうらしい。そのくらい煌輝はこの学校の中で好意的に思われているのだろう。
萌は、ふーん、と素っ気ない返事をして弁当を食べ始めた。会話がつまらなければ自分への興味だって薄れて、ここから立ち去るだろうと思って、わざと煌輝から視線を逸らす。
「ねえ、前髪長すぎて不便じゃない?」
煌輝が制服のポケットからコンビニのおにぎりを取り出しながら萌に視線を向ける。どうやらここで昼食にするらしい。萌は無視してもよかったのだが、それもなんだかかわいそうな気がして、別に、と返した。
「俺は、前髪もう少し短いか、この間みたいにピンで留めてる方がいいと思うよ。天羽、可愛い顔してるし。あ、ねえ、もえちゃんって呼んでいい?」
「嫌だ」
一人で勝手に喋らせておけばいいと思ったが、最後の言葉はどうしても許せなくて、思わず煌輝に鋭い視線を向けて強く返してしまった。煌輝が瞳を大きく開き、え、と小さく呟く。この反応は予想外だったのだろう。
「……そう呼ぶなら二度と話さない」
萌が視線を逸らし、小さく告げる。どうしても棘のある態度をとってしまうのは仕方ないと思う。あの日女子更衣室で感じた静けさと闇が萌の感覚を支配しそうになり、萌はわざと大きく息を吸い込んだ。
「あ、いや……うん、そりゃそうか。男だもんな、女っぽい名前で呼ばれるのは嫌だよな。ごめん、ちょっと調子乗った」
冗談も通じねえのかよ、と言われると思っていた。少なくとも煌輝の周りにいるような生徒たちなら十中八九そう吐き捨てて萌の傍を去るはずだ。萌を包んでいた棘がぽろりと落ちた気がして、萌はそのまま頷く。
「……井瀬も苛めに来たんだと、思ってた」
「え、違うよ! 俺、天羽の声好きなんだ。だから、近くで話したいなと思って」
苛めるつもりなんかない、と煌輝が慌ててこちらに近づく。萌は少しだけ体を引いたが煌輝との距離は近くなってしまった。夏の日差しを受けた茶色の髪は、透けて金色に見えていた。キラキラと眩しい。


