萌が登校する時間の教室はとても静かだ。その時間に課題を終わらせ、音楽配信サイトで再生数の高い音楽を聞きながらスマホで読書をするのが萌の日常だった。みんながよく聞く音楽を聞くのは、『歌ってみた』で歌う曲を探すため、本を読むのは語彙力を養うためだ。どちらも丈人から勧められたことで、どのくらい配信に役立っているかは分からないが、次第にクラスメイトが登校してきて騒めく教室の中で、ひっそりと景色の一部になるにはちょうどいいルーティンだった。この日もこのルーティンを終えてそのまま授業に入る予定だった。あ、という大きな声がイヤホン越しに聞こえてくるまでは。
「見つけた」
大きな声に続き、そんな言葉が頭上から降ってきて萌はスマホの画面から顔を上げた。
そこには教室の窓から差し込む朝日にも負けないくらいキラキラした笑顔を見せる煌輝が居た。名は体を表すなんて言うが、本当にこの人はいつでも『煌めいて』『輝いて』いる。だから人の目を惹くのだろう。
ただ、萌の方はそんな光の代名詞のような人に見つけてもらうほどのものでもなく、この時も戸惑ったまま煌輝を見つめ返してしまった。見上げたことでさらりと前髪がサイドに流れ煌輝とまともに目が合ってしまう。それを見て煌輝が垂れた目尻を更に下げて嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり、天羽萌くん、だよね。覚えたよ」
昨日ぶりだね、と煌輝が萌の前の席に腰かける。萌はその行動に少し警戒し、イヤホンを外してスマホを制服のポケットにしまいこんだ。『何見てるの?』『何聞いてるの?』なんて言われたくない。
「……何? 井瀬」
「天羽、バイトしてたんだね。前にもあのドーナツ屋行ったことあるんだけどその時は見なかったな。今日は前髪下ろしてるんだ。昨日のデコ出しはバイトバージョン?」
萌の机に肘をついて少しこちらに身を乗り出す煌輝に、萌は椅子の背もたれにぴたりと背中を付けて視線を机に向けた。陽キャの距離感に萌は慣れていない。
「いや、あれは……諸事情が……」
「俺はあっちの方がいいと思うけど。もったいないよ、隠してるの」
頬杖をついてこちらを見やる煌輝が微笑む。顔を隠していることに対して、もったいないなんて言われたのは初めてで、萌が思わず顔を上げる。けれどそこで感じた視線は煌輝のものだけではなかった。体の右側に針のような鋭い視線がいくつも刺さっている。視線だけちらりと右側に寄せると、視界の端にはいつも煌輝を取り巻いている女子たちがいた。その唇が動いているところを見ると、何か陰口でも叩かれているらしい。昔のことを思い出して、萌の心臓が痛みを訴える。
「そんなことないよ。僕はこれでいいんだ……それより井瀬、井瀬のこと待ってるんじゃないかな?」
小さく指を動かし、右側を指すと、煌輝がそちらに顔を向ける。
「煌輝ぃ、早く今日の放課後どこ行くか決めようよ」
煌輝が女子たちの方へ視線を向けた途端、甘ったるい声が響く。煌輝は彼女たちを見た瞬間、一瞬眉根を寄せたように見えたが、すぐにそれは笑顔へと変わっていた。
「少し待ってて――天羽、昼休み少し話そう」
女子に答えてから煌輝が再び萌を向いて告げる。すぐに席を立ち、女子たちのところへと戻っていってしまったので、萌は何も答えられないまま、煌輝の背中を見送ることになってしまった。
「話すことなんか、ないだろ……」
ぽつりと呟いた言葉は誰にも聞こえていない。
萌は昼休みは絶対に逃げてやろうと心に決めた。


