きらてん!~歌い手とバレて、学校イチのモテメンに告白されました~

「いや、可愛いなと思って。天羽くん、顔出したほうがいいよ。今日はそのピン貸してあげる」
「僕、顔に自信ないので、これは……ピンも、お返しします」
 萌が前髪に付いているピンに手を掛けると、だめだよ、と河下がその手に触れて止めた。
「また、あらぬ疑いを掛けられたくないでしょう? 今日はこのままで居た方がいい。僕、間違ったこと言ったことある?」
 確かにさっきの客もまだ居るし、他の客もさっきの騒ぎを見ているから、従業員の身だしなみに少し敏感になっているかもしれない。それを考えると確かにこのままの方がよさそうだ。
「そう、ですね……じゃあ、お借りします」
 萌が頷くと、そうして、と河下が優しく萌の髪を撫でる。それから萌の向こう側に視線を向け、いらっしゃいませ、と笑顔を作った。客が来たのだろうと萌が振り返る。
 そこには萌がいつも着ている制服と同じものを着た男女が数人立っていた。教室でよく見る一軍の奴らだ。
「河下さん、僕、廃棄の処理してきます。カウンターお願いします」
 さっき除けたトレーを手に、萌は河下の返事を待つことなくそそくさとその場から離れた。
 萌は一軍と言われる生徒たちが苦手だった。いつも自分に自信があって、何をしてもいいみたいなワガママさで、ただ自分たちと違うというだけでこちらをバカにしてくる。萌が教室で本を読んでいただけで『オタク?』『暗すぎでしょ、キモい』と陰口をたたかれたこともあるし、配信の背景にしようかなと空の写真を撮っただけで『あーゆーヤツって空の写真と一緒にポエムとかストーリーにあげてそうじゃね?』と偏見だけで笑われたこともある。彼らにとって他人をバカにしてその場で笑いのネタにできればそれでいい。相手がどう感じたかなんて知ったことではないのだ。
 また苛めのターゲットになったら嫌だという思いから、萌は彼らと関わらないようにしていた。
「どうしてこんなとこに来るんだよ……」
 この店は萌の家から通いやすいが学校からは少し遠い。高校生が遊ぶような地域とも少し離れているしこれまで同じ学校の生徒と会うことはなかった。
 とはいえ、来てしまったものは仕方ないので、萌は彼らが帰るまで隅の方で仕事をしていようと決めた。一軍のあいつらが萌のことを認知しているとも思えないので、そうしていれば気づかれることもないと思ったのだ。
「あ、天羽くん、片付け終わった? 悪いんだけど、テーブルに運ぶの、手伝ってくれない?」
 トレーを片付け終えたタイミングで河下の声が掛かる。振り返ると河下の持っているトレーには大量のドーナツと『5』の札が載っている。遠くに視線を向けると一軍生徒たちがいる席にも同じ『5』の札が立っていた。

 河下の後ろをついてトレーを持ってその席に近づくたびに、萌の心臓は段々と鼓動を早くしていた。
 ただトレーをテーブルに置いてくるだけだ。きっとそこにいる一軍生徒たちに自分は認識されていない。だから、きっと何も起こらない。
 そんなことを頭の中で繰り返しながら萌は顔を上げ、テーブルの傍に近づいた。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
 前を歩いていた河下がいつもの柔らかな笑顔でトレーを静かにテーブルに置く。河下がこちらを振り返り、萌もテーブルにトレーを置こうとしたが、少し指先が震え、トレーが音を立ててしまった。少し乱暴な置き方をしてしまったせいだろう、それまで河下の言葉にも反応しなかった生徒たちが一斉にこちらを見やった。萌の心臓が一瞬止まる。
「し、つれい、しました……」
 視線が怖くて萌が慌てて頭を下げる。それで戻れると思っていた、その時だった。
「……アマハネくん?」
 そんな言葉が耳に届いて、萌は思わず顔を上げて、アモウです、と答えてしまった。さっき同僚にも名前を間違えられていたせいもあったのだと思う。少し、読み違えに敏感になっていたのかもしれない。いつもならスルーするのに、今はできなかった。
 顔をあげた萌と目が合ったのは、茶色の髪と優しそうな目が印象的なクラスメイトの煌輝だった。いつでも誰に対しても笑顔で、明るくてよく喋る、クラスどころか学校の中心人物といっていいくらい人気のある彼が、自分を認識しているなんて思えなくて、萌は首を傾げる。