夏休みが明けても、最高気温は三十五度以上を保ったままで、相変わらず屋上に来る生徒はいなかった。おかげで今日も萌は屋上のドアへ続く階段に座り込んで昼休みを過ごしている。
少し大人しくなった蝉の声と頬を撫でるそよ風は前よりもずっと静かで心地いい。
「ごめん、遅くなった」
そんな静かな場所に足音と共に声がして、萌がそれまで見ていたスマホの画面から顔を上げた。
そこには息を上げた煌輝が立っている。こちらに寄ると、萌の隣にため息と共に腰を下ろした。
「……どう、だった?」
「うん……ちゃんと話してきた。俺が萌のことを好きで付き合ってること……写真も事実だから拡散したいなら好きにしていいよって……池田、泣いてたけど分かってくれた。写真のデータも消してくれた」
煌輝の表情が段々と曇っていく。傷つけることは望んでいないが、真実は伝えたいと言ったのは煌輝だった。萌はそんな煌輝の頭に手を伸ばし、その髪を優しく撫でた。
「お疲れ様」
「ありがとう、萌。萌の方は? 昨日、バイトだったよね?」
煌輝が髪を撫でていた萌の手を取り、そっと繋ぐ。萌はそれに頷いてから口を開いた。
「……河下さん、先週でバイト辞めてた。僕のロッカーに手紙入ってて、写真は全部消したって書いてた」
ロッカーには、萌のハンカチとリップクリームが一緒に入っていた。手紙には『怖がらせてごめん。データは全部消したし、もう会うこともないから安心して』と書かれていた。
「……ただ、萌のことを好きになっただけで、本当は悪い人ではなかったのかもな」
煌輝が呟くように言いながら、慰めるように萌の髪を撫でる。
「そうかもね……」
萌の言葉が、静かな空間に消えていく。安心したはずなのに少し寂しいような気もして萌はぎゅっと繋いでいた煌輝の手を握った。それをちらりと見て、煌輝が指を絡めて繫ぎ直す。
「そういえば、昨日投稿したんだよね、動画」
どうだった? と煌輝がこちらを見やる。萌は、そうだった、とスマホを取り出し、煌輝に見せた。
「ランキング、入りました!」
「おお、すごい! やったな!」
萌が見せたスマホの画面には『天』の配信チャンネルが映っている。ただ、今回投稿したのは『作詞・作曲『天』、歌『きらてん』』のリリックビデオだ。
「うん。音源は煌輝のお兄さんがバンドで録ってくれたし、動画も叔父さんが作ってくれて、僕たちだけの力じゃないけど」
へへ、と笑う萌に煌輝が、そういえば、と小さくため息を吐く。
「兄貴、萌がウチで歌ってくれたの聞いて感動したらしくて、どうしてもバンドで音録らせてってきかなかったしな……せっかく萌がDTMで作ってたのに」
苦く笑って、ごめん、と謝る煌輝に萌が首を振る。
「ううん。お陰でなんかプロみたいな仕上がりになったし」
「萌の叔父さんはプロだしな」
「ごめん、叔父さんも動画作るってきかなくて……それに、煌輝も一緒に『きらてん』やるって言ってくれてありがとう」
一度ため息を吐いてから、萌が改めて煌輝に頭を下げる。
あの日、一緒に歌おうという言葉から、どうせ歌うなら動画にしよう、だったらユニットにしよう、となった。煌輝の名前から、『煌』という歌い手名を付け、『天』とのユニット『きらてん』が誕生した。
「すごく楽しかったよ。まあ、『君が大好きです』ってとこは、ついニヤけちゃって何回もリテイク出しちゃったけど」
歌を録った時と同じように頬を緩ませた煌輝に、萌が頬を熱くする。確かに萌も、深夜テンションで書いたラブレターを目の前で読み上げている気持ちになって恥ずかしくてリテイクを出した。
「でも……一緒に歌えてよかったし、煌輝も『煌』で活動する?」
動画のコメントでも、『煌』の声を絶賛するものや、個人活動をしないのか、というものも来ていた。萌もまた一緒に歌えるのなら、煌輝の活動を応援したいとも思う。
けれどしばらく考えていた煌輝は緩く首を振った。
「俺はバンドと『きらてん』でしか歌わない。だから、俺が『煌』だってことは内緒な?」
煌輝がこちらに近づき萌の耳元で囁いてからとても近くで微笑む。萌がそんな煌輝の顔を見て更に心拍数と体温を上げた。それでも視線を逸らさず萌が頷く。それを見た煌輝が更に優しい顔をして言葉を繋げた。
「それから……萌がこんなに可愛い顔をするってことも、誰にも見せないでよ」
鼻先が付きそうなほど近くで囁かれ、萌が頷く。それから少しだけ俯いて眼鏡を外して、再び煌輝の顔を見上げた。
「じゃあ、煌輝がこんなに優しい顔をするってことも、誰にも秘密だよ?」
萌が微笑み、ゆっくりと自分から煌輝に近づく。ふわりと唇を合わせるだけのキスをすると、煌輝の頬が一瞬で真っ赤になって、目を開けたままこちらを見つめた。萌が煌輝の手を握ったまま、視線を外し少し俯く。
「もう、ホント……俺は萌から目を離せないよ。これからもずっと見てるからな」
煌輝がさっきよりも優しい顔で、今度は煌輝から柔らかなキスが落ちてきた。
END


