きらてん!~歌い手とバレて、学校イチのモテメンに告白されました~

 ドアがほんの少し揺れる。それを見て、萌は言葉を続けた。
「煌輝に会えなくなるなら……煌輝が傍にいてくれない理由が『天』なんだとしたら、僕は『天』を辞める。配信なんてもうしない。アカウントも手元のデータも、『天』の存在ごと全部消す」
「萌、それは……」
「だから、最後の僕の歌、聞いて」
 煌輝の少し焦りの混じった声を無視して、萌が静かに告げる。萌はポケットに入っていたスマホを操作し、画面に映る再生ボタンにそっと触れた。
 短いイントロが流れ、萌が肺に思い切り空気を送り込む。震えそうになる声を抑えるように萌は自身の胸を両手で押さえた。
「『眩しすぎていつもちゃんと見ていなかった 君はただの『一軍』僕の人生とは交わらない そう思ってた』」
 目を閉じて、煌輝のことを思い出す。
その名の通り、キラキラした人だと思った。本当に自分が煌輝に名前を呼ばれる日が来るなんて、全く思っていなかった。
 聞こえてくる簡単な和音とメロディーだけの音に萌は懸命に声を乗せた。
「『秘密を打ち明けてくれた保健室 君と歌った初めての歌 君の手の温もりに 名前を呼んでくれた声 どれも忘れられない宝物だよ』」
 たった数週間、煌輝との思い出なんてきっと他の人に比べたらずっと少ないものだろう。でも、萌にとっては心のすべてを埋め尽くしてしまいそうなほど、大きくて大切なものだった。もう絶対に記憶から消すなんてできない。
 萌は煌輝とのこれまでを思い出し、瞳から零れそうになる涙を手で拭った。腹に力を入れ、声が震えないよう、まっすぐに前を向く。
「『傍に居て知った君の不器用なところ 苦手なものも 全部愛しいと思えた 頑張る君の姿には勇気さえもらったんだ』」
 何故か緊張すると敬語になるところも、ダンスが苦手なことも、ひとつもカッコ悪いと思わなかった。誰かに心を動かされるということを初めて経験した。きっと、それは煌輝だからだ。
 萌は自分の気持ちが全部伝わるように、思いが声に乗るように深く息を吸った。
「『これからも傍で笑いあって 新しい思い出を作っていこう』」
「『君が大好きです』」
 アウトロが優しく響いて、空間に溶けていくように曲が終わりを告げる。
 しん、と静かになったその場に、萌は膝から崩れるように座り込んだ。
 煌輝からの反応がない。思いは届かなかった。そう思うと、さっきまで無理に引っ込めていた涙がじわりと溢れてくる。
 萌が俯きかけた、その時だった。大きな音が響いたかと思うと、次の瞬間には強い力で抱きしめられた。顔を上げると、目の前のドアは開いていて、煌輝が萌に抱きついていた。
 すん、と洟をすする音がしてから、小さく、ごめん、と耳元で聞こえる。
「ごめん、萌……」
「僕、煌輝が好きだよ……どんな煌輝も好き。恋人じゃなくなっても、煌輝が僕を嫌いになっても」
 萌がそっと煌輝の背中に手を廻し、優しくその背を撫でる。すると煌輝の腕が更に強く萌を抱きしめた。
「萌を嫌いになることなんてない! 俺の方がずっと、萌のことが好きなのに……謝るから、歌辞めるなんて言わないで。俺の好きな歌い手をこの世から消さないで」
 少し腕を緩め、間近で顔を上げた煌輝の頬は涙で濡れていた。随分泣いたのかまぶたも腫れぼったいし、さっきからずるずると洟もすすっていて、とてもカッコいいとは言えなかった。でも、萌は初めて見た煌輝の泣き顔に、胸の奥がじわりと温かくなっていた。
「じゃあ、恋人やめるって、撤回して? 歌辞めるっていうのも。僕の好きな人を返してくれる?」
 萌がシャツの袖で煌輝の顔を拭いながら微笑む。煌輝がその言葉に頷いた。
「……すごく頑張ったんだ。萌も応援してくれて、でも結果はダメで……もう、こんなかっこ悪い自分、萌に似合わないと思った」
煌輝が萌をゆっくりと離し、こちらにスマホの画面を見せる。それは合否発表の通知メールだった。確かに不合格とはなっているが、そのまま文面を読むとその理由が書かれていた。
「煌輝、これちゃんと最後まで読んだ?」
「いや……読めなくて……」
萌の傍に座り込んだまま首を振る煌輝に、萌が微笑む。
「今回のオーディションでは、グループコンセプトとして『可愛い』男性を合格とさせていただきました、だって」
萌がメールの文章を読み上げると、煌輝が首を傾げてからスマホに視線を落とす。
「これって……どういうこと?」
読んでも分からなかったのか、再び萌を見て煌輝が眉根を寄せる。
「うーん……煌輝がカッコよすぎたってことかな?」
 萌が笑うと煌輝はしばらく黙っていたが、やがて大きなため息を吐いて、それならいいか、と笑った。
「僕さ、努力が全部報われるとは思ってないんだ。でも、無駄になるとも思ってないよ。煌輝は前よりずっとカッコよくなったし」
 萌が煌輝の目を見つめて微笑む。煌輝がそれを見て、両手で自分の頬をパン、と叩いた。
「萌にカッコいいって思われたなら、無駄じゃなかったな」
 いつもの明るい笑顔が見れて、萌の体から力が抜ける。大きく息を吐いた萌に、煌輝はそのまま言葉を繋いだ。
「さっきの歌……もう一回聴かせて? 俺への歌に聞こえたんだけど」
 ねえ、と嬉しそうな顔でこちらに近づく煌輝から、萌は目を逸らした。今更、頬が熱くなる。
「じ、じゃあ……一緒に歌いませんか?」
 視線を逸らしたまま萌が誘う。すると煌輝が萌の手を取った。
「歌います!」
 顔を上げると、萌が一番好きな笑顔があり、萌も笑顔で頷いた。